2014/06/23

・前回から二週間経っていない日記は今年なら珍しい。他人の手帖は増えていないけれど、経験値、体験値が一定値を超えたから日記が書きたくなったのかもしれない。もしこれが本当なら、2週間に1度の日記で良いのか、そんな日常で良いのか、あるいは十分なのか、という話になってくる。きやしないだろうか。

・インタビューを記事にしていて、3人目の記事が後書きを残して完成した。これまでもどの原稿も、最終的には取材者(インタビュイー)に確認してもらって、さらに加筆修正をしてもらっている。自由にお願いしているのもあり、ここで原稿はがらりと変わる。構成が変わることもあるし、文体が変わることもある。客観性の範疇でネガティブに書くと自分の書いた文章は破壊されている。それを読んでみて、良くなっていると思うし、それはそれで構わないのだな、と自分自身に対して思った。むしろ望んでいる。やりとりが好きなのは、ここでも変わらなかった。何度も漆を塗るような行為、ブラッシュアップのたぐい。推敲とも言えるが、他人による推敲。移譲とも言える。デリゲートとも言えるだろうか。言えないかもしれない。丸投げとも言える。

・やりとりといっても指示だけされるやりとりはあまり好きではない。手を動かしてもらえるやりとりが好きだ。それが僕がゲームを好きなひとつの理由かもしれない。擬似的にでも、虚構の世界でも、手を動かしている。自ら動いている。その行為こそが好きだ。おそらく人間も手を動かしてくれる人間が好きだ。手を動かさない人は尊敬はできても、次第に減って行く。蟻が好きだ。実際の蟻は母親を悲しませるので大嫌いだが。

・出歩かないよねって言われるけど、引きこもらないとできないんです。その違いが悪くない。選べるのが大事。

・年齢のせいもあるんだろうか、身体に関する情報をよく耳にするようになった。制作する上での身体。身体と書くとかっこいいかもしれないけど、体ね。からだ。

・寒くなると眠たくなる。休日に寒くなると黄信号だ。単に寝不足だったのかもしれないが。

・「空を飛ぶ会」がとても素敵で気分がいい。良い時間たちで良い人間たちだった。こんな集まりへの参加を直前まで決定していなかったのは思い返すととても危ない。結果的に2回目もやるみたいけど、一期一会って感じはあった。よくわからないけど、大事にしていきたい。今回の日記に大事って言葉がたくさん含まれている。セーブすべきプレイデータがたくさんあった、という裏付けになるだろうか。

・人もやりとりができる人を求めていきたい。手を動かせる人。まあ色んな相性が大事。個人制作もそろそろ再開したくなってきている。構想を少しずつ明らかにしていこう。アプリっぽいものの構想は形になりつつあるんだけど、できればADVを作れたらなって願望がある。しかしこちらは何もまとまっていない。

・出会った素敵な人たちを、普通の人たちとも絡め合わせて、ゲームの表現を用いてやりとりのある物語として落とし込めないものか。レベルが足りないのはこの辺りだとはっきりしだした。まだ、人に納得してもらえる説明はできそうもない。ないが。

・まだ書き出すべき内容がありそうなのだが、出てこない。タイミングを逃したのだろうか。これが今回の日記、今回の記録だ。

2014/06/14

・日記を見たというコメントをいただいて、あわてて日記を書いている。6月になって日記を書いていないのは分かっていた。他人の手帖は2冊手に入れて、4冊になった。

・ときどきはさぼるものの、インタビューの文字起こしや編集をほぼ毎日している。そうすると文字を書く時間が増える。走り慣れていない人が10キロをマラソンするのが困難なように、僕はまだ10000字を書いて平然としていられるような文章の体力はない。それで日記に向かえなかったのだろう。2000字もいかないぐらいで息があがり休憩を求める。インタビューやNoteで出会った人で、文章をたくさん書いている人がいて、どうしてこんなに連続で文章の固まりを出力できるのか、すごいな、差があるなと。絶倫。文章をたくさん書く人のいる空間に戻ってきた。

・どんな空間にいるのか、その空間にどんな人がいるのかはすごく大事。インタビューやNoteが結局何をもたらしたかというと、新しい人をもたらしたにすぎない。すぎないが、これを得るには、大きなエネルギーがいる。ありきたりな話になるけど、多くの人は流れるプールみたいな運動/生活空間に放り込まれていて(社会/世間などと呼ばれる)、新しい人や環境を得るにはその流れに逆らわないといけない。新しいSNSが運んでくれるのは、逆らうエネルギーだ。そんな新しい流れに、同じ人と突入するのは、自覚的にやれば面白い試みだが、新しさの機会をふいにしているもったいなさもある。

・新しい人に会いたいなと思うし、とっとと十分な良い人を確保して落ち着きたいなとも思う。確保し続けることは無図解師のだけど。無図解師ってちょっとかっこいい。難しい。魅力的な人が常に新しい人を求めていたら、僕はその人をあきらめなければならないのだろうか。人をしぼろうとすると、そういう問題も見えてくる。5人にインタビューして、短期集中でその人を知ろうとする体験は、人についての新しいもやもやとした感覚(まあ、謎だ)を運んで来た。もちろん、ゲームとしてはより先に進んでいるし、もっと運が悪ければ人についてのこんなステージ/ルートを知らずにエンディングを向かえていた。そちらのほうがよりハッピーエンドだったかもしれないが、とにかくこういう分岐を選択して進んで来た。どんなクオリティのゲームであれ、進んでいるという感覚。プレイ感。

・ゲームと現実を区別しなさいと、紋切り型の台詞はあるけど、いまや一転、この日記のようにしてゲームと現実の境界を取り払おうとしている。互いに持ち込み、持ち込まれる。そこでやりとりされるデータの形式は構造を持った物語だ。