2016/12/29

・12月は師走にかまけて何もセーブしていなかった。年が終わる前に少しでもセーブしたい。

・声ノートもあまり進まなくなっている。この1ヶ月はその点でもセーブされていないことになる。

・何もしていなかったわけではない。来年にどうしたいか、ということについては(途中経過を日記という形でセーブすることはなかったにせよ)よく考えた。手帳類を地道に進めること。手帳類をさらに発展させること。小さなゲームについての断片的な着想。芸術系の賞に応募してみたくなって計画をひとつ書いてもみた。そういった中から、一番やってみたいと思ったものを、やるべきだと思ったものをやっていく。

・どうも自分自身の内的に今年の成果に不満があるらしく、くすぶりを感じる。それが成果によるものなのかもはっきりとは認識していないが、おそらくそうだろう。周りの人が成果を出しているなあと焦ってもしまっている。仕事をやりすぎているのだろうか。時間だけで言えば平均よりはかなり少なく働いているつもりであるが。

・読みたい本がどんどん見つかっていく。どういうことかというほどに見つかっていく。読みたい新しい本もどんどん出てくる。年末年始は、『「百学連環」を読む』『人工知能のための哲学塾』『システムという存在』『<わたし>の哲学』を読みたい。前2冊はひととおり読み終えたい。果たして。

・来年は今年変わったことに対してバランスを取っていきたい。それと会う人に元気がなくなったとか、落ち着いたとか言われる。繊細だねとも言われる。僕も今年自分を繊細だと認識をあらためるようになった。繊細化したのか、そもそも繊細だったのはよくわかっていないが、もしかしたら昨年あたりから、創作物を作るために自分の好き嫌いに対して自覚的になろうとしていることが繊細化を招いたのかもしれない。1年程度でそんなに自分を変化させられるものなのだろうか。

・ともあれ来年を迎えるし明日を迎える。よく生きたいとは常に思っている。健やかに生きたいとも。

2016/11/27

・声ブログは音源が10ファイルぐらい、時間換算では1時間以上はたまってきたが、これ、自分以外が聞いて楽しめるのものなのか。一緒に住む人の反応を得てみてそう思った。コンテンツへの道のりは遠そうに感じた。まずは私的に扱うところから始めたい。自身の情熱をテストする。着想の堅牢度合い、展開の多様さ、持続性などの。

・『ヘルシープログラマ』を読んで腰のエクササイズをしてみている。ラジオ体操とウォーキングと仕事中のストレッチもやっている。これらを怠ると腰が痛くなってしまい、怠らなくても多少は痛くなる、というのが現状のようだ。ただ痛みが一箇所への荷重ではなく、分散されてきたと感じられるのは良傾向か。特にラジオ体操はしっかりやるとかなりの負荷がかかって良い。

・Visual Studio Codeの設定が設定ファイル(json?)になっていてそれを上書きして変更する形なのは気に入った。

・手帳類も個人制作も来年のことに考えが移りつつある。制作と宣伝や見せ方などを両立したいという気持ちも生まれる。両立したいということは時間的には2倍必要になるということ。いろんな人に助けてもらうために、コンパクトな説明やゴールや指示などの用意も丁寧に時間をかけて行いたい。

・一緒に住み始めてからというもの、生活にも時間をかけているのでますます時間のせめぎあい、奪い合いが生まれている。生活を怠れば最終的な合計時間は減るだろう。これまでのツケが腰や頭の痛みにきたのだろうと思っている。そのツケを返済するか、さらに放置するのか、これもマネジメントの一種で、どこか資源を管理するゲームのようでもある。

・とにかく、個人で作るゲームは小ささを意識していきたい。『調べる論』に「調査は、降りてくる瞬間に一気にまとめるもの」という見出しがあるけれど、こんな感じが良い。構想がまとまりそうな気配を感じた状態で書き出しを開始しハッカソン的に肝の部分が動作するところまで一息で作ってしまうイメージ。制作道具はこなれたものをいつでも使えるように研いでおく。

・手帳類は集める方もだけれど、説明を導入をもっと丁寧にデザイン&実装したい。見せ方の部分。「集めてどうすんの?」みたいな雑な問いかけにもさっと答えられて相手にボールを投げ返したい。

・手帳類。dmの斉藤さんに今昔物語のようと見出してもらえたことが嬉しかった。居合わせていた元の持ち主もそれを聞いて喜んでいた。これだ。良い読み手の方にもっと手帳類を知ってもらい読んでもらいたい。それと同時に僕自身が読み手として向上し、あるいは総合的な向上でもって僕に読まれたいと思ってもらえるようになること。それが誰にも見せない前提で書かれたものを売る動機になりえる。得られるお金以上の体験をしてもらえたら、きっと広がって行く。

2016/11/06

・前回の記録よりさらに一段と涼しくなった。寒くなったといったほうが適切だろうか。寒いなと思って布団や毛布にくるまってつい寝てしまう季節がやってきた。

・前回の記録から数週間が経って、引越しから1ヶ月がすぎた。うまく、楽しく、やれているのではないかと振り返る。頭痛と腰痛が落ち着いてきたのも大きいかもしれない。生活に関する行動がかなり増えて、インターネット越しのコミュニケーションと創作に関する行動がかなり減った。一時的なものかもしれない。特に創作のほうは作れていない、という禁断症状がでてきている。

・とはいっても、いますぐこれを作らなければ死にきれない、というほどのがちっとした形、構想はあらわれてきていなくて、テーマのようなものがいくつか生まれているに過ぎない。それを育てたり捨てたり転がしたりしている。

・作品そのもののテーマではないけれど、生活や日常が十分に満たされていても、それを振りかざさないような作品やプロジェクトを提示したいという気持ちは持ち続けている。芸術家は健康を害しながら血反吐を吐きながら清貧でありながら作るといった固定観念は根強い。それに対する、作品を作るだけではなくしっかり営業や宣伝してビジネスすべき……というのも一理あると思うけれど、それだけでもない。お金はほしいが無理やりお金にするのも無理がある。

・引越しをし、一緒に暮らす人がいて、ある種の安定を得た。その上に創作や着想の基盤や習慣を載せたい。こういったことを考えていると、アーキテクチャのようなものを思い浮かべる。基礎を高めて、自然と何かが生まれるような状態を作ろうとしている。飢えだとか衝動だとかを絞り出すのでもなく、かといって運任せでもなく、ドモホルンリンクルのように着想や構想の一滴一滴を受け止めるような身体のシステムを作ってみたいのだ。

・そんなわけで『ヘルシープログラマ』を読んでいる。さらに、『哲学、脳を揺さぶる』/河本英夫と『「調べる」論 しつこさで壁を破った20人』/木村俊介が控えている。どれも僕の基盤を強化してくれる可能性を秘めているし、本の中から吸い出したいと思って借りました。北区の図書館はビジターとして訪れたときに良い印象だったけど、いざホームの図書館として(まだ一度だけれど)使ってみて、良い図書館だった。もしずっとここに住むのなら図書館にある本は処分しても構わない。賃貸が十分に広くはないのでそんな考えもよぎってきます。

・引越し後ほどなくしてから、吉増剛造さんを見習って、声ノートを録り始めています。まだ練習、助走の段階といった感じで誰かが聞いて楽しめるものにはなっていないけど、自分の着想の器として素振りのごとく記録していきたいです。今のところ1分ぐらいのものが10個ぐらい録れました。今日は気分がスムーズだったのか8分ぐらい断続的に録り続けました。最初は恥ずかしさ>楽しさだったのが、ようやく逆転してきました。

2016/10/10

・今日は一段と涼しく、体調を崩さないように無理をしなかった。結果的に体調は問題なかったが、もう少し休日を攻めることもできたかもしれなかった。

・引越しが終わり、新たな場所での生活も1週間が過ぎた。荷物を2か所に分散していたので、引越しも往復が多かった。9割ぐらいは終わり、最低限生活に必要なものが整ってきた(と僕は思っている)。あとは所属先に大量に置かせてもらっている本をどうするか、という問題がある。できるだけ生活空間を広く感じていたいが、家賃を節約したい思いも強く、空間のせめぎあいが起こっている。

・手帳類は押し入れに追いやられそうだから、可愛い子には旅をさせたい。

・新しい場所では今のところテクノロジー成分を控えめにして生活感を高めた暮らしをしている。朝も早く起きるようにしてみているが、特に休日は午前10時~正午にかけて耐えきれない眠気が襲ってくる。やがて落ち着いてくれるだろうか。

・というわけで、今回の日記はこれまでよりもさらに平凡な日記になっているだろう。

・手帳類はテレビ局からの問い合わせがあった。企画自体は以前も2回ありどちらも没になっており、三度目の正直と行きたい。心持としては、期待しすぎないように、だけどきちんと期待もして対応しています。

・新生活と手帳類と仕事で日々のほとんどが持っていかれて、ゲーム制作方面に割ける時間が確保できない。そうやってもたもたしている間に、MacのOSがバージョンアップされ、所有している2009年のMacProはハードウェア条件を満たさなくなってしまった。いずれiOSアプリも開発できなくなってしまうだろう。時間はここでも進んでいる。

・プライベートとプライバシーという言葉の類似と差異をもっと詳しく調べていきたい。

・何か書き記しておくことはなかっただろうか。いろいろとあったはずだが、次々と上書きされ、だいぶセーブしもらしてしまったであろう。

・僕はどうやら物件を選ぶ決め手は窓からの風景であるようだ。最後はそれで選択する。家と外界のインターフェース。ウィンドウ・ズ。

・何か書き記しておくことはなかっただろうか。という汎用的なコマンド。UNIXの命令みたいに少ない文字数で問いかけて出力を促せるような。

2016/09/24

・夜も涼しくなってきた。夏と同じ格好だと寒いぐらいだ。そんなことを書きたかったのではない。でもふと書いてみたくなったのだから書いてはおく。日記を書いてみたい感傷的な夜です。

・引越しの荷造りがだいぶと終わった。梱包以外の作業はあらかた終わり、梱包も8割程度終わっている。部屋はダンボールにあふれている。それが不思議と心地よい。モノが減ったからだろうか。それとも単に部屋の様子が変化しただろうか。着想を得たり構想を練ったりするのによさそうな夜です。虫の音も良い。

・日記から浮気をして、パソコンの様子を見たり、ツイッターを見たりしてきた。ポケモンGoの気分ではない。もうすぐ引っ越すと思うと、寡黙な相棒のようだったこの部屋との別れがさびしい。部屋だけではなく、よく行くスーパーや散歩コースにある古墳とも別れが近づいている。しんみりとする。6年。自由が目的で高崎に来たけれど、実際自由にやらせてくれたと思う。車がのさばっているところは最後まで気に入らなかったが(歩行者より車のほうが多いのです)、大きな事故もなく去ることができそうだ。

・新しい環境では同棲が始まる。いままでルームシェアや社員寮など誰かと住むことは何度かしたけれど、同棲は初めて。気が合わなかったらいつでも離脱できるルームシェアと違って、仮に問題があっても向き合い調整しながらなんとか楽しくやっていくことを目指すつながりであるから、気が引き締まる。楽しい別居なら言いけど、そうじゃないのは。増える自由、減る自由、手放す自由、獲得する自由があるだろう。ともかく楽しみにしている。

・ゲーム作りなどの個人制作を再開したい欲望への対応は住環境が落ち着いてからになりそうだ。落ち着いたときに欲望がどうなっているのか。それもまた自身を眺めてみたいことのひとつです。おそらく、きっと、増えることだろう。それならば、仕事の切れ目と、十分な構想の準備とを同期させたい。

・大江千里。

・同じ不動産、同じ部屋でも、その部屋に日常の何割居るのかで気分や体験がまったく違ってくるのが面白い。高崎の部屋はこの2年ぐらいあまり帰れなかったところ、一番自分の部屋の形をしているのに別荘みたいな感覚になっていったのだった。新しい住まいは一体どんな感覚を自分にもたらすのだろう。

・実装ができないぶん、構想、いや着想を繰り返している。持ち込むこと、見い出すこと、文体。この3つが大きな柱になってくる。おおよそゲームらしくないキーワードで柱だが、できあがったものもこれらを感じさせるものであってほしい。抽象的にはだいぶと方向が定まってきている。ゲームでも手帳類と同じような鮮度を人々に与えたい。だらだら遊ばれるのは嫌だ(といま文章を修正していて気づいた)。

2016/08/20

・ふったりやんだりする雨風のせいか、気持ちが高まってこない土曜日である。ポケモンGOもできない。せめて日記を書いておこうと思うのだが。

・長らく悩ませてきた毎日の緊張型頭痛は、治らないものの軽減はでき、対策もわかってきたので精神的にはだいぶと落ち着いた。薬は効かないが温湿布で首をあたためるのが効く。見栄えは良くないが仕方がないし、痛みが起こらないだけでも仕事がたいへんしやすくなる。血行とか血流とかの問題なのだろう。もちろん貼らなくても痛くない状態を目指していく。他の対策としては運動をしたり栄養をとったり、現代人の営みに落ち着く。

・人間の遺伝子は早いところオフィスワークに適応してほしい。いまは動き続け、狩りをするための身体を使っている。

・ゲーム開発に手をつけられない日々が続いている。仕事ではやっているのだが、個人のほうだ。情熱がなくなってしまったのだろうか。そんなことはないと思っている。日々思い続けているのは確かだ。しっくりくる形、しっくりくる規模が見つからないでいる。模索しつづけている。

・一方でテーマや関心は手がかりがあった。手帳類からの便りであり、こんなにはやく手帳類とゲームが頭の中でつながるとは思わなかった。阪本俊生著『プライバシーのドラマトゥルギー:フィクション・秘密・個人の神話』がすごくいい。つくづく先人の研究はありがたいと思う。自分だけなら生きている間にたどり着けるとは到底思えない。この感覚をまずどこに落とすべきだろうか。システムだろうか。グラフィックだろうか。物語だろうか。世界だろうか。あるいはそれ以外だろうか。

・長く住んできた高崎の家を引っ越すことにした。うすうすそうしようと思っていたら賃貸更新のお知らせが届いていて渡りに船だった。6年間契約したが、実際に済んだのは4年ぐらいだろう。住まない期間が多くて家には悪いことをした。

・東京、埼玉、群馬を行き来しながら引っ越しの準備を進めている。この際、できるだけ多くのものを減らして、身軽になる。引っ越しは脱皮だ。スマートフォンを買い換えたり新規のアカウントを作ることもまた脱皮といえる。そんな概念的脱皮を集めるのもまた面白いかもしれない。手帳類以外にも収集したいものがあれば活動のキャリアに加えたい。僕は人間らしさを集めたいのだと思う。

・吉増剛造さんの声ノートは僕も真似てみたいと思った。かつて東宏治『思考の手帖―ぼくの方法の始まりとしての手帖』を読んで一瞬の思考や感覚を記録するようになっていったが、それ以来の衝撃だった。感覚や思考を手探りで手帖に書きつけている瞬間がまさに考えているのだとしたら、声で探りながら録音していくこともまた思考の手帖となるだろう。

2016/07/23

・前回から、2週間近く経つが、記録を残したい気持ちが高かった。途中、日々のメモに記録をした。整理をしたがっている。発見をしたがっている。活路を見いだしたがっている。

・いくつかメモを見ながら記録に移していこう。メモも記録であるからもっと適切な言葉に置き換えたい。メモを手がかりにセーブをしたいのだ。

・手帳類がネットのテレビに取り上げられたのだが、まったく反応がなくてショックだった。これまで圏を少しずつ広げるように知られていった、その過程は仮説どおりの広がりだったが、テレビ層では全く通用しなかったし、仮説がまったくもって見当違いだった。興味を持ってくれる人の割合は減るが、一定量は確保できるとふんでいた。それが。

・ある層でのマーケティングはできていたが、もっと広い層ではまるでマーケティングできてなかった。というところまで判明した。当事者として辿り着けた。しかし、ここから茨の道になる。進むのか引き返すのか。引き返して、これまでの道を耕しなおすのも、決して後ろ向きではない判断だ。もっともっと知名度のある人でさえ、マスとは違った層に照準を定めているのだから。

・もう少し書くつもりだったが、割り込みが入ったため、23日はここで終えられた。

2016/07/13

・2週間も経たないうちに日記を書きたくてそわそわしてしまう、ということは近年にはあまりなかった。ブログの見栄えを手入れしたことも影響しているだろう。それと、ここ数ヶ月の、1日が2回訪れるような感覚について。

・仕事も、私事も1日に大きなものは1つにしていた。前と後ろを楽しみたいからだ。後ろは余韻と呼ばれるようなものだ。ところが、ここのところ大きなものの数が2倍3倍と数を伴っているいるため、しかたなく大きなものを1日に2つ配置せざるを得ない。たとえば朝、手帳類の取材を受けてから、集中を必要とする仕事にとりかかるため出社するといった風に。多くの人は、仕事と子育てといった例を出すまでもなく、両立をしているだろう。簡単に言えば僕はこれまで注意深く両立を取り除いていた。

・明後日の収録で、ひとまず取材周りは落ち着く。2ヶ月で10つぐらいはこなしただろうか。多くは平日である。感覚的にも毎週ひとつぐらい取材や打ち合わせがあったし、スマートフォンのカレンダーアプリにかつてないほど予定を登録した。よくがんばったと思うし、これぐらい取材を受けると人々に広がっていくのだなと体感できた。もちろん普通は有名人でもない限り向こうから取材なんてやってこない。ゲームを作ってリリースしたところで女子大生から取材依頼が来るだろうか。だから普通は広告と呼ばれる行動を多かれ少なかれ放ち、なんとか広めようとする。

・そんなたくさんの取材の成果もあり、手帳類のツイッターアカウントは半年で個人アカウントのフォロワー数を越えようとしている。個人アカウントは2009年からこつこつつぶやいている。そいうものなのだという諦観にもにた納得がある。

・ずっと思ってきたり話したりしてきた、一人の同じ人とどこまで関係を深めることができるか試してみたり、関係を集中させたり、ということについて。

・でもゲームを作ることをあきらめてはいない。たくさん作れたらとすら思っている。

・手帳類では、僕のまなざしやものの見かたが問われているし、求められていると感じる。まなざしはこれから意識的に鍛えていきたいと思っているパラメータのひとつ。パラメータと言っても筋トレのように自明の強化方法があるわけではない。だからこそ求められるのだろう。

・世界について。もしかしたら僕は世界を作ることよりも、世界を見たり、世界から見い出したりする方が得意なのかもしれない。どちらが好きなのかはさておき。その可能性を自覚した。

・そうだとすると、世界はこしらえるものではなく、そこにあってほしい。ゲームの世界においても誰かが作った世界、それも手垢にまみれた世界ではなく、個人制作規模もの、未開で発見可能性に満ちた世界がいい。

2016/06/30

・頭痛問題。最初は後頭部が痛いと思っていたが痛い部位が移動しているのか、表情筋や胸鎖乳突筋のあたりにきているようなきがする。痛みとのいたちごっこである。仕事はできるし、ピーク時よりは落ち着いてきているが、痛いとか締め付けられるとか感じるだけでパフォーマンスが低下する。気が散るのがもったいない。せっかく生きているのに。

・撲滅しようと、ストレッチ、姿勢の注意、バスタオルの枕、こまめなコリのほぐし。ミネラルの補給。できることを順番に試していく。ファイテンの首輪も試してみているが今のところ効果は定かではない。自律神経、血行の問題、ストレートネック、テキストネック、緊張型頭痛、ストレス。いろいろ混じっているのだろう。科学が発達しても、この程度の症状ですら即解明とはいかないものだな、と思う。

・手帳類は取材ラッシュ。メディアがメディアを呼んでいるに違いない。

・個人サイト(jimi.jp)の改装を行った。元は15年前に友人に作ってもらったサイトだ。15年前のシステムがしっかりと動いてくれているのにはいささか感動を覚えるも、さすがに世の中が変化しすぎた。HTMLは5になり、CSSは3になり、appletは滅び、flashは没落。何よりもスマートフォンが登場した。長いこと放置していたレイアウトのスマートフォン対応に重い腰をあげた。腰を上げてみると、けっこう楽しい時間だった。ブログも同時に改装した。perlのコードを久々に読みながら、改めて構築してくれた友人に感謝する。

・改装と同時に自分のテーマカラーのようなものを決めたいといろいろと試し、深い緑に落ち着いた。次点で深い青。鈍色なども好きな色であるが、文章が中心のサイトという相性もあった。紙もウェブも背景は白が基本であろう。あえて暗い背景にしたのは、僕にとってそこに別の世界が広がっていると感じるのはこういった暗い色だからだ。吸い込まれるような、引っ張られるような、不確かさと得体の知れない喜び。一寸先は闇。手探りの状態。真っ黒にするとダークサイド、暗闇という側面が強調されてしまうので、癒しの色である緑とかけあわせた。世界に誘いつつ、癒しでもあり、静かに考えプレイするのに良さそうな空間の色。

・サイトの色やレイアウトが変わると、書かれる内容もまた変わってくるにちがいない。自分自身で結構楽しみにしています。前のレイアウトと同様15年ぐらい使ってみたいが、浮気せずに、フェードアウトせずに、書いていけるだろうか。

・またタッパー3箱に野菜ベースのお惣菜を作ってもらった。つまみぐいしてみるとこれがうまい。完全なるご好意によるもの。ありがたくて嬉しいのだけど、こんなことしてもらっていいのだろうか、という気持ちもある。いつか僕も同じことを人にできるだろうか。こういったありがたさを持ち続けていたいものだ。

2016/05/22

・人と話していて突然頭がふらふらした。その後も頭がずっと痛い。貧血かと思ったが診断は緊張型頭痛。ポピュラーな頭痛ということで一安心はしたが、毎日痛いのはいただけない。原因がいろいろと考えられすぎて、ひとつずつ試してみているところです。一番は姿勢の問題。ストレートネックというもの。

・今は個人の活動も、プライベートも、仕事も、これまでよりもバランスが良い。いいところだ。それだけに健康に足を引っ張られている気もする。そう思ったが、健康を犠牲にして良いバランスを作っていただけかもしれない。このままでは長続きはしないはずだ。それに、たぶん、今後もいいところが続きそうな予感もする。いつだって、いいところで、邪魔をされる。 健康には気をつけたい。というか、ハックしたい。

・手帳類は発表も終えて、展示も更新して、ひと段落がついたような気がしている。まだ続くし、熱中し続けているけれど、別のものもやりたくなってきている。一方で手帳類は展示し続けているし、反応もあり続けるものだから、ついつい最優先にしてしまっている。これがついついなのか心からなのか常に判断してやっていきたい。ついつい、といえば、ゲーム作りが下手なものだからついつい別のものをやってしまっている、というのもある。得意なものを選ぶべきなのかもしれないが、何が得意かは現在が最終バージョンではないわけだから、今得意なものを選ぶだけでは良くない。

・佐藤真さんのいうドキュメンタリーの手法、文体派、文化人類学、ミステリ、ハードボイルド、ドラゴンクエスト、町の人との会話、コマンド選択、サンラーラナーガのような町の人、シルバー事件のような会話、レナスのような世界の旅、詩、言葉、やりとり、タイポグラフィー、日常的実践、人工知能的世界、手帳類、システム、アナーキー、多すぎる税金、煽られる対立、少子化、多数決、ネット人格、銭湯。こういったところが僕の最近のキーワードだ。いくつかを拾って組み立てて、世界を作ってみたい。その世界にアクセスする形で物語および展開が生まれる。

・どんな世界であってほしいか。どんな世界であってほしくないか。その世界でどうふるまっていたいか。何が起こってほしいか。これまでと違うどういう敵(問題)が現れてどういう戦いが起こるのか。そんなものを軸にして世界を考えてみようとしているのだが。

2016/04/17

・前回の日記を確認する。3ヶ月が過ぎたようだ。日記を書いていないなとは思っていたが、後回しにしてしまった。いま回ってきた。何が書けるだろうか。

・手帳収集プロジェクトは手帳類とその名を更新した。手帳類のウェブサイトも作った。ゲーム制作はおろそかになっているが、手帳類の方は進み続けている。満足しかけては新たな道が見える/もっと進めそうだ、を何度か繰り返している。行けるところまで行ってみる、という体験をしたい。

・人間関係も変化している。プライベートな繋がりが新たにできてきた。これによってTwitterやfacebookといったパブリックな空間での発言が減っている。時間的に減らさざるをえないのと、この際だから減らしてしまおうという気持ちの両方とがある。繋がっていない時間を持ちたいと思うようになってきていたのだ。この日記はオンラインにしては繋がっていない日記だ。誰が読んでいるのかも、もはや定かではない。宇宙空間でポツンと書いているような気持ちさえある。それが心地よい。

・どうやったら、さまざまなたがを最大限外して書けるだろうか。ここでは比較的書けているが、文体にはまだ納得がいっていない。もっとしっくりくるものがあるはずだ。もし、最大限解放されて書いているならば、こんなに間をあけたら書きたいことが洪水のように押し寄せてくるはずである。時間あたりに書ける文字数が限りなくキーボードの入力速度に近づいていく。

・先日、知人がメジャーな小説の大賞を取ったが、彼は1時間に3000字書けると聞いた。森博嗣の5000字だか6000字だかは異常な気もしたが、その友人も僕よりは2倍速い。基礎体力が違うなと感じた。筋力のトレーニングも必要だろうが、文字入力の筋力もトレーニングしたいところだ。加えて孤独に考えてそれを外に出すトレーニングと。脳もまだ肉体であるというのを最近読む本で目にする機会が増えている。これには納得がいく。

・15分で1000時程度書けそうなので、この日記はここまでにしよう。書いている時は何も考えずに書いている。次々にキーボードに任せて出てくることを書き留めている。もちろんこの行の入力の瞬間もそうだ。考えていないようで、考えている。練習で行ったことが試合でも発揮できるように。練習は考えること。試合は書くこと。じっくり考えて書いているわけではないが、それでもでてきたこの日記の内容はそれなりに僕の今を出力しているのだろう。それは夢に似ている。思考や経験の整理をしている。いま、されている。

2016/01/14

・1月の半分に達しようとしている。昨年の暮れには、今年の抱負というかやるべきことみたいなものは明白な気配があった。それが新年明けて二転三転の感覚に包まれている。他人の視野ではほとんど動いていないように見えると思います。

・年々追い込まれているという感覚と、追い込めているという感覚がある。もう10年早かったらという思いと、もう10年遅かったらという思いがある。年々周囲の視線がシビアになっていくのを感じています。これは自分だけに限った話ではなく、時間を基礎としたシステムがそうさせているのでしょう。

・仕事をしながら、手帳プロジェクトとゲーム制作をしていくのは間違いない。認知と集客を意識していくことも。どうやって知ってもらい、どんな出会いを生み出し、良い体験として伝わるのか…などもひとつの個性だと考えるようになった。出会いとしての制作であったり、プロジェクトであったりもする。すべてのことに時間をかけたり集中したりはできない。それならば、ひとつの活動に複数の意味を持たせること。極端な例でいえば、制作しながら健康になったり、制作が出会いになったりしなければ間に合わない。そんなことが以前よりは可能になってきているし、迫ってきている。

・20年ぐらい前の漫画を読んだり本を読んだりしてみて、まだしっかり面白いし、オーソドックスなところなど今のよりも勝っている部分もある。そんな作品やメディアを、誕生してから20年以上も僕に届かなかったという事実。僕のセンサーが変わったのもあるが、どうして届かなかったのか考えることもできるだろう。作ることと同時に伝わること、手にとってもらうこと。

@note_collector - 手帳プロジェクトのアカウント。

・文体派もじわじわやっている。この寒いのをなんとかしてくれれば作業もできるのだが。昨日今日は今冬でいちばんの冷え込み。

・手帳プロジェクトの認知をあげる、ゲーム制作しなければ、ゆっくり休みたい、人と会って話したい、仕事と生存のこと、ゲームとか本とか漫画とかにうえる、だいたいこの6つぐらいがいれかわりたちかわり現れる。とても寒い日は休みたいか本読みたいになる。

・今年もきちんと生存して、人と繋がりをもって、作ったり広めたりしたいです。よろしくお願いします。