2009/10/26

・人間関係の量が急激に上昇していたせいか、色んなことがあった。これまでせき止めていた関係がどっとあふれ出たかのようだ。実際には、新規のものがほとんどであったが。家への直接の来訪は落ち着いたのだが、内面的な(感情や心理、関係と言った)人間部分にとてもたくさん触れた一週間であった。交流とはこういうものなのかもしれない。

・とにかく、人間に関する事態があふれていて、制作にかける時間が半減したが、それでも感じることや考えることが多くて、そのまま『あぺぽぺ』に代入できた体験も多く、有意義な一週間でもあった。『あぺぽぺ』は自分の見聞きしたものを直接放り込める器にしたいと思っているから、まだコンセプトもできあがってはいない段階ではあるものの、少しずつ手ごたえを得始めている。

・今後もこのように日々刺激に包まれるなら、日記もいまのように一週間おきではなくて、毎日書いたほうが良いのかもしれない。しかし、昨日と今日で状況が180度変わることもあったので、日記にしてみると、上下、乱降下(=乱高下のつもり)が激しいかもしれない。日常のうねりと言うのか、生き物と言うのか、生きている出来事が多いです。

・ルームメイトになった仲間との制作もようやく時間が取れるようになった。このペースで地道に進められれば良いと思う。とても好きな時間。でも、楽しさとは裏腹に、なかなか意思疎通が大変だとも感じています。最初の共同制作として、『あぺぽぺ』はとても難易度が高かったと痛感している。しかし、高いところへ、自分も仲間も行けたら良いと思っているから、これぐらいの難易度が丁度良い。

2009/10/21

・ようやく『あぺぽぺ』を仲間にしっかりと伝えられると思い、会話をしてみた。伝えて、その理解を元に、コンセプトバージョンを作りたいと思っていた。とても上手く行っているかに見えたが、途中から雲行きが怪しくなってきて、全然伝わっていなかった。中身が無い、もしくは同じことかもしれないが、中身が無限に感じられた、という感触らしい。終わりが見えないので、どうしたら良いのか、何がしたいのか、分からなかったようだ。そう言われてみると、話している自分も、分からなくなってきて、仲間の意見に対して、正しい正しくないの判断ができていない、という指摘もあった。今、書いていて思うのは、できるだけ色々なものを飲み込んで吸収して、それを反映させたものを作ろうと私は思っていたのだと思うけれど、それではいちいち時間を置かないと、仲間がその瞬間において何も共有できないのだなと分かり、それは手伝ってもらっている以上、あまり良いことではない。せっかく協力してくれている仲間の意欲も低下してしまう。

・『あぺぽぺ』はせめて、仲間には伝わってほしいと思うし、仲間の意欲や理解、才能を存分に注いでほしいと思うから、いくら『あぺぽぺ』が分からないことが主題とは言っても、やり方を変えねば行けない、と書いていて思う。完成を、完成の姿を、誤差はあるなりに、全員で共有できなければならない。最高のやり方は、無限に話すことだと、私はどこかで考えていて、そうしていたのだけど、時間も、特に仲間の時間は無限ではないのだから、やり方は変えなければならない。はっきりと認識できた。そして、このやり方が、最初の共同作業にはあまりにも向いていないやり方だとも、認識できた。もちろん、良いやり方のひとつだとは思うが、もっと時間がたっぷりあって、気力や体力などのパラメータが最大値のときでないと難しいし、何より断続的に何日もかかるから、常に最大値であることはあまり望めないし、望んではいけない。だから、やり方を変える。完成に近づくやり方を探す。もっとも、これを探すのだって、かなりの時間がかかり、難易度がある。

・そうやって、もう一度、全体を作り直している。芯はあるのはここでも感じられて、何も浮かばなくて困るということはない。おそらく、よりコンパクトな内容になるだろう。もちろん、できるだけ保ちたかった混沌の一部は失われるが、そうやって完成に近づけていくのが表現というものかもしれない。作業は進んでいる。実体にできるのも、そんなに遠くはないだろうか。

2009/10/13

・ここのところ連日連夜住人以外のゲストが家にいる状態、住む家を変えただけでここまで日常が変化するのだなあと驚く。数値で言っても、以前の家では、年に平均4,5ぐらいの来客があったのに対し、現在の家では1ヶ月半足らずで10人を超えている。ユニークで10人なので、複数回いらっしゃっている方をカウントすると、2日に1日ぐらい、誰かいる、という数字が出る。なるほど、道理で非日常的な日常です。それによる疲労はもちろんあるけれど、思っていたほどではなかった。それよりも、エネルギーをいただいています。洗う皿の量とか、掃除する時間とかも劇的に増えていて、腹が立ってしょうがない、と思いきや、案外慣れている。そんなものだろうか。

・『あぺぽぺ』は芯が出きて、次の段階へ。芯はあるが、中身はない。だから、中身をつくらなければならない。そして中身を改めて、仲間に付き合ってもらい、検討している。いままでのプログラムを捨てて作り直すのも可能性としてある。捨てることの気持ちの準備はできている。もちろん汎用的なものは、すでに作ったものが使える。ゲームに依存したコードを使いまわすよりも、作り直したほうが、頭がぐちゃぐちゃにならずに、速く、意図どおりに作れるのではないかという判断による。できれば、仲間と話して、それをすぐに反映して動作させられる構造にできると良いが、まだ能力的に難しいようだ。しかし、私的なゲームであっても、そういうところを目指したい。納得がいくまで何度でも作り直せるような、体と心。

・仕事と私事と生活、それに人間関係のバランスを丁寧に見ていかねばならない。

2009/10/05

・新しい住まいでの生活は少しずつ慣れています。自分以外の人間をいかに尊重しつつ、いかに自分にとって良い空間にするか、ということを日々考えている。一人暮らしに比べて、生活が圧倒的に変化しているし、予測のつかないできごとが多い。どんな状況でも陽気に生き延びていたいから、心身を鍛えると言う点で、この不安定さは本望です。

・あぺぽぺは相変わらずシステムが変化していますが、先月に感じた芯のようなもののおかげで、順調に作れている。つまり、コードを書くのも、削るのも、迷いが格段に減った。弾み車が回りだしたのだろう。しかし、まだ他人にプレイ可能な状態には程遠くて、せっかくのプレゼンの機会をことごとくだめにしている。遊べないプログラムやゲームを説明するのは、とても難しいです。それでも理解してもらわなければならない。企画職の人は本当にすごいな、としみじみ思っている。私などはプログラミングして、何度も繰り返し動作を確認して、初めてそのシステムについて評価ができる。少なくてもあぺぽぺはこういう方法でしか作れそうに無い。プロではない。

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