2014/12/31
・大晦日なので15分で日記を書く。総括の振り返り。さっと浮かんだことだけを拾っていくように。
・今年はシルクエのiPhone版が出せたのと、インタビューと手帳コレクションの開始。インタビューは8人の人に話を聞けたし、手帳コレクションは展示の開催にまで発展してくれた。思ったより速度が出て、これまで生きてきた中でベスト3に入る1年だった。昨年もベスト3に入っている。このことは何度か書いているので、一時の気分ではなく、おそらく確定なのだろう。だからこそ、今後がとても気になる。この2年がピークになる未来には不満がある。
・インタビューと手帳コレクションはともに人間を指し示している。ポインタだ。人間がとても好きだった2014年だ。RPGだって町の人に「はなす」するのが一番好きだった。手帳展もあって、今年は過去最高に新しい人と会って話をした年でもあった。インタビューも、手帳展も他人がいなければ始まらない。展示はただいなサポートをもらったし。それはひたすら自分の中に潜るゲーム開発とはまた違っているが、一方でゲーム開発も良い人間と出会うことで一気に駆動する。本当に人間の駆動する力を感じた一年。
・結婚とか子育てとかそっちの道につながる出会いは残念ながらなかったけど、まったくアプローチしなかったわけでもない。1人として検討してもらい、その結果選んでもらうことの大変さ。まあ、そんなに甘いものではない。そういう人生のプレイをしているし、分岐の選択をしているのだから。プレイ、やりとりに見合った正当なインタラクションがあるのが、良いゲームだ。世界というハードウェアにのっかった、人生というソフトウェアも例外ではない。そして今のところフェアな人生だとも思います。
- Posted at 2014/12/31 21:14
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2014/12/11
・20分で日記を書く。約1ヶ月ぶりの日記。日記の日付を書くときできれば、12月8日ぐらいであってほしかったけど、11日。午前2時だから次の日になっているにしても、2日も余計に過ぎていた。師走という言葉はこれからもなくならないだろう。
・前回の日記は手帳展の初日だった。手帳展はそれから終わった。今年の仕事も終わった。そうしてようやく自宅から日記を書いている。できるだけはやく書く。はやく書く。手帳展のまとめを日付の変わる前ぐらいに書いた。手帳展は好評だった。僕の予想をはるかにこえていた。途中から、いつもの「根拠のない自信」に満ちてきた。たぶん、今年のすべての展示でもっとも価値があった展示に違いない、とさえ思った。でも、次の日の展示で、2時間ぐらい人が来なかったときは、こんなものか、このくらいしか評価されていないのかとさびしい気持ちになったりもした。自分の展示だからそれぐらい当事者意識があるのは当たり前かもしれないが、いささかオーバーだろうか。いや、このくらいの浮き沈みと情熱と自信と期待と不安を持てるもの、自分自身で持てるものこそを、今後も僕は取り組まねばならないのだろう。本業とも言える、『シルアードクエスト』より手応えがあったかもしれない。それは僕自身の欲望を見つめれたという点において。ようやくだ、という感覚が近い。ちょっと遅いかもしれないが、手遅れというほどでもない。ちょっとした運命のあやで、この地点に到達できなかった可能性もあった。それは決して低くなかった。独身だったり、残念な点もあるけど、あまりにも不条理というほどではない展開だ。
・夜らしく一気に書いた。少し背中が痛くなった。今日は文章を書きすぎているのだろうか。ずっとコタツで書いている。僕は多分1日に5000字が限界だ。それぐらいですごく書いた、という気分になる。
・手帳展は今後どうすべきだろうか、集めたい手帳、コレクションの方向性は見えている。多様性、バリエーションを第一に大事にする。手帳の万華鏡であり、万葉集。万葉集はとても好きなありかたをしている。万葉集という言葉を知ったのは、小学生か中学生の頃だろうが、万葉集の好きさを知ったのは、25歳をこえてからだと思う。友人がたまたま万葉集を選び、意図的かつ恣意的に僕の元に届いた。きっと今回の手帳展の運命に関与しているだろう。2年ぐらい前に作った詩のサイトもおそらくプレゼントされた万葉集から来ているし、手帳展はあまりぱっとしなかった詩のサイトを受け継いでいる。ADVゲーム『街』のように、運命の分かれ道は簡単な選択肢程度のことで決まっているのかもしれない。
・今年は『シルアードクエスト』のiOS版のリリースに、手帳展(正式名称は"「あなたが使った手帳、売ってください」手帳コレクターによる初のコレクション展in荻窪")、とても大きな1年だったと思う。去年の『シルアードクエスト』PC版もとても大きかった。もうそれを上回れる感触は(別のベクトルであっても)持てないかと思っていたけど、そんなことはなかった。ベクトルのスカラはもしかしたらシルクエの方が大きいかもしれないけれど、今回の手帳展はまったく育てていなかったベクトルを発芽から一気にのばしてくれた。雨後のひとつのタケノコのような。でも来年はここまでの感触は難しいだろう。温まっているネタがないからだ。だけど、そうも言ってられない。手帳コレクションも養分にして、なんとか作り出せたらと思っている。形はゲームがいい。
- Posted at 2014/12/11 02:27
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2014/11/15
・2週間ぶりの日記だ。平常と言える。手帳展が開催されているが、まだ誰も来ていなくて、時間がある。手帳と言えば、このブログはずいぶんと手帳的な日記と言えるだろう。誰かに読まれることを意図していない。もっとも、オンラインであるから、手帳に比べれば幾分か気をつけて書いているのは間違いない。そういう点でオフラインの手帳や日記帳はプライベートが最大だ。だから集めたいという気になった。集めるからには、好きな物、できれば最高のものがいい。
・それにしても、展示をやるのは、色々と気をつかう。どんなことが起こるか分からないし、そもそも人をもてなしたり接待したりした記憶がないから途方に暮れる。気をつかっていると自分では思っているけど、自分に向けられた気遣いを合計すると、おそらくは使われている量のほうが多い。恵まれて育ってきたんだろう。育ててもらった。
・例えば、面識のない人がふいに展示に訪れた時、きちんと趣旨を説明できるだろうか。飲み物をさりげなく出せるだろうか。そもそも飲み物は適切で十分な飲み物を選べているのか。展示会場の気温は大丈夫か。湿度は。トイレは清潔か。良いBGMがかかっているか。気を使うことは多い。
・まだ人は来ていない。しかし、そろそろ来るだろう。本日の日記はここで一旦終えることにする。また明日書けるかもしれない。
- Posted at 2014/11/15 13:43
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2014/11/02
・1ヶ月以上も日記が空いている。ただし、Facebookにいくつか日記を書いているので、完全に日記を書かなかった訳ではない。それでも、Facebookとこの場所では書くものは違うから、書き漏れた、セーブしそこねたできごとや着想があるかもしれない。それは残念だ。いつか、形を変えて、よりよい閃光となって頭に浮かんできてほしい。
・手帳の展示を開催することになった。他人が使い終わった手帳コレクションの展示となる。先月、ギャラリーに住める話があった。家主が一ヶ月不在にするのが理由だ。これを借りたとき、ただ住むだけではもったないないと思った。そこに、別のギャラリストが仕事を募集している事態が加わった。この二つのできごとがあって、僕は展示の開催をすることにした。またとない機会だと思ったからだ。ただ、手帳プロジェクトはもっとゆっくりすすめるつもりだったから、頭数が足りない。急ピッチで手帳の(レンタルを含めた)入手を進めていき、なんとか20冊は確保できた。開催までにもう少し上積みがあるかもしれない。11月15日からスタートする予定。
・手帳展(プログラム的な意味で)割り込みがあったため、インタビューは6人目の書き起こしが終わったところで一時停止。応答が多すぎてこれ以上作業は増やせない感じです。地味にヤフオクの連絡も効いてきます。仕事が定時にあがれているおかげでなんとか持っています。今の出向先は働きやすくて本当に助かっています。みんな優しくてすごくいい会社です。
・調べる時間があったので、所属先のアーティストが「掘る」と呼ぶ行為を気がついたら始めていた。まだ浅く掘り始めたばかりだけれど、それでも、物語ゲームに新しい光が当てられた。『センスは知識からはじまる』という本が示すように、勉強するとそれだけ、新しいセンス、新しい着想、着眼点が得られるものだ。今まで知識を見下していたところがあったかもしれない。少なくてもおろそかにしていた。
・つまり、僕は、それまで偶然に得た知識や経験だけで作品を作ろうとしていた。それで作品が作れないとだめだと思っていた。それも真理だと思うが、それだけで作品をコンスタントに作れるほど、開発力がなかったのだと思う。開発力とは技術力や着想など、企画から完成までのすべてを含む言葉として使っている。正確には、シルクエの正統進化ゲームは作れても、おぼろげながら目指していた物語ゲームの開発力がなかった。『ツキのないがいこつ』は偶然にできたにすぎないし、あぺぽぺの制作は論外だった。僕はいよいよ自ら掘り進めた知識を導入し始める。34歳。人生の半分ぐらいが過ぎてのことになる。
・そういう訳で、今は文字と文章を中心に掘り進めている。僕が好きなゲームはすべからく文字や文章が大きな役割を果たしているからだ。タイポグラフィ、コンクリートポエトリー、インフォグラフィック、記号、これまでの小説やゲームなど見ている。まだ知識の獲得のしかたはうまくない。どこかにたどり着くために知識を獲得したり、歴史をたどったりしていかなければならない。まだどこか、さまようように知識に触れている。もし、物語ゲームの形がくっきり浮かんできたら声明を出して、いくつかの小さな作品を提出できるだろう。
- Posted at 2014/11/02 04:27
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