2009/11/04

・今日も人間の話から。それほど、人間に関するデータの入力が多い。だけれども、その多い量をさばけるようになっている気がする。少し前には、精神的にダメージがあったときもあったかな、と余裕を持って振り返れるほどに。どんなに通信が発達しようとも、生身の人間の情報量には、まだまだ及ばないな、と思った次第。こう書いていると、特別な出来事がさぞかし多いと想像されるかもしれないが、いたって平凡な毎日である。ここ数日は、だけれど。

・お盆に広島の新球状に野球を見に行ったときに、来年のカープカレンダーに載せるための写真を撮られたのだけど、はたして実際に載っていた。両親がさっそく買い求めたらしく、写真メールを送ってくれた。そこに写っているのは、まだまだ子供の私だった。対等になったつもりだったんだけどな。まだまだオーラというか、まとっているものが、全然及んでいない。精進します。

・見るものすべてを『あぺぽぺ』に結び付けようとしている。ほとんどの風景、グラフィックは取り込めそうだし、文章だって同じことだ。器としてできあがりつつある。まだ、弥生時代にも満たない、縄文土器と言った時代。その野性的な魅力をも、含められているだろうか。そもそも、器自体が。文字を解釈して画面に表示したり制御したりするプログラムが以前より上手に書けたから、放り込む文章自体もきれいに書ける。私の場合、入力データとそれを解釈するプログラムのデータの美しさは比例するようだ。そうだそうだ。音楽と絵を同じ日にいただいて、とても興奮して眠れなかった。才能を直接頂戴するのも嬉しいが、会話を経て、より私に寄り添ってもらった才能をいただける喜びは、筆舌に尽くしがたい。原始的な感謝。

・さらに進めそうだ。より抽象的で、より具体的なものが表現できる。

謝辞
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Shirado Masafumi