2010/06/08

・前回の日誌からまた二十日が経っている。一体どうしたというのだろうか。この時間というものは。退職してから一ヶ月は当に過ぎている。

・実家の母親から電話がかかってきたとき、私は幾分か落ち込んでいて、心配させたかもしれない。大きな理由のひとつは明らかで、友人と温泉旅行の行きしなに財布を落としてしまったのだ。日々の充実感と数年ぶりの旅行らしい旅行に浮かれていたのだろう。早朝の浅草線の、おそらく電車内に置いてきてしまった。改札を抜けようとして気がつき、即座に駅と警察に届け出たが連絡はない。同行者いわく、向かいの席の中年がにやにやしながらこちらを見ていたから、彼が拾ったのに間違いないとのこと。財布にはクレジットカードやら運転免許証やら職場のカードキーやら、ありとあらゆるものを詰め込んでいたから、手続きも迷惑も大層かかった。緊急の手続きだけでも2,3時間かかり、旅行が台無しになってしまった。幸いにも、チケットだけは鞄に入れていたから、旅行そのものには行くことができた。栃木県は、日光。さらに奥日光。できるだけ気持ちを切り替えて東照宮やら温泉を満喫してきた。

・宿泊して早朝、奥日光の湖をぐるりと一周散歩した。柔らかい木漏れ日と静かな水の流れ、さまざまな鳥たちの控えめな声、植物のさまざま。自然をしっかりと感じたのは、随分となかったと分かった。自然が作る空間の時間に身を任せてみると、過去の記憶がストリームとなって降り注いでくるような気がした。それで、財布を無くしたショックも思い出しながら、ああ、これは10年前と同じだと思った。

・その時、私は北海道の牧場にいて、親方に退職をつげた後だった。残りの勤務は後わずかというところで、上司の車に乗って大事故をやらかした。気が抜けていたのだと思う。そうやって命からがら目が覚めた。今回の財布に関しても、万が一、悪用されてすべての財産が失われようものなら、大事故だろう。物理的には死なないが、時間が死に、ほとんどの予定が狂ってしまう。結果が分からない状態でとても怖かった私は、奥日光の自然と一体化して少しは平静を取り戻したのかもしれない。全然成長していない自身を確認するのも、落ち着けるのには良い効果があるようだった。

・旅行から帰宅して、最初のプロジェクトの進捗があまりにも進んでいないので、仲間から怒りと激励を受けた。勉強は楽しいし、必要だが、私はどうにも作らなければならない。もう会社員ではない。自分で作るものを考えて、自分の力で作らなければならない。己の意志次第では一ミリも進まない。そしてもはやプログラムを組むだけではいけないのだ。もちろん、プログラムも組まなくてはいけない。私が全ての責任を持たなくてはならない。そうしないと私自身が困るし、目指す状態に到達し得ない。甘い。何をやっているのだ。

・そうやって目が覚めつつあるときの電話であったので、落ち着きがなかった。今は大丈夫になった。会話は少し足りないが、もっと寂しくなるのか、それとも慣れていくのか、もう少し様子をみていけば良いと思う。目が覚めたのか、旅行でお賽銭を十数か所に撒いてきたからか、温泉につかりまくったせいか、理由は分からないが、朝早く目覚めるようになった。生活周期は良い感じである。リズムのよさを楽しめるようになってきている。会社員のときよりずっと良い。

・幸い(今のところ)貯金残高にまで被害はないようだ。カードの類も差し止めて清算した。免許証も再発行してもらうなど、手続きはほとんど終わっている。

謝辞
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Shirado Masafumi