#1

・EVOのスト5を見ながら、相撲の結果を見ながら、あるいは『ナイトアンドドラゴンズ』をプレイしながら、息をつく暇もない展開に委ねたりプレイしたりするものは遊びかもしれない、などと考えてみたり。

・読むこと、解釈すること、見い出すこと、設計すること、デザインすること、実装していくこと……。これらを遊び化していかないと、体力や気力の低下とともに向き合うのは辛くなるであろう。あるいは、心身をより良い状態に保つこと。

・生活に身を投じながら、半分浸りながら、遊ぶこと。その状態で遊びやすい遊び、あるいは遊びにくい遊び、遊べるようにすべき遊び、などがあろう。

2017/07/17

・3連休は、夏に耐え、ゲームをよく遊んだ。遊び総合研究所の研究員という立場の概念を得て、より遊ばねばと思っているのかもしれない。と、言ったら都合が良すぎるだろうか。

・よりよく遊ばねばならない。

・手帳類は水面下に潜って次なる手を打とうとしている。wordpressによるサイト構築にも手をだす予定。

・仕事は粛々と進めているが、少し担当が増えた。病気にならないよう、気をつけて進めていきたい。

・今の住まいが朝日を受ける場所で、朝から暑くなる。眠っていても起きてしまう状況だ。アイスノンを当てたり、扇風機を当てたり、タイマーによるクーラー制御も試みたりと、なんとか対応している。暑いとなかなか熱中できない。遊びは疲れるものか、疲れないものか、コンディションを整えて、自分なりに見極めてみたい。

・夏はゲームの季節なのかもしれない。

・今年上半期の手帳の応答の反動が来ているとも言えそうだ。反動を感じて、その動に任せてみている、といった状態かもしれない。

・ここへの記録ももっとさまざまなやり方で行いたい。声だとか、映像だとか、グラフィックスだとか、GIFアニメーションだとか。入力とアップロードを気持ちよく行える道具について考えてみること。

・遊びと遊び以外に何とか切れ目をいれてみること。記録を日記と遊びに分けてみる行為から始める。

#0

・王子の遊び総合研究所の研究員になった。実体はまだないが、遊びに関する研究を行い、1年後に発表することになりそうだ。「遊び」とは何と捉えどころのない、広大な、分からないものか!すぐに成果を出せそうもない。よって感覚や思考をメモするところから始める。

・遊びをめぐる冒険。挫折している『あぺぽぺ』も遊びをめぐる冒険であったなあ。

・「遊びは疲れる」と投げかけてみたら、「疲れるのなら遊びではない」と返ってきた。

・出だしとして、古今東西の遊びについての知見をあたってみるか。それとも自分の頭の中から出発するか。制約を設けないでいると両者が並行して進んでいきそうだ。

・ホイジンガ。カイヨワ。遊びと聞いて名前が浮かぶ人たち。日本では五味太郎やかこさとしなどの絵本作家が浮かんだ。そしてゲームでは宮本茂。

・遊びをPLAYに絞るか、それとも毛先を遊ばせるとかアクセルペダルの遊びとかの遊びも入れるか。そもそも目指している概念が遊びなのかも疑いつつ進めていく必要がある。

・僕が発表したい遊びはゲームか手帳類が濃厚。特に後者を想定して進めていく。手帳類はどういう遊びかといえば、私的な領域についての遊びだ。

・私的な領域を遊ぶとはどういうことか。ひとまずここを出発点にして思考を遊ばせようとしている。

2017/06/19

・相変わらずミサイルは落ちてきていない。2週連続でダンボールを捨てるのに失敗した。朝9時に回収が終わっているのはきびしい。

・数年では記憶がないほどよくゲームをしている。昨日も7時間はプレイした。何かが空になり欲したのであろうか、それとも何かを空にしたくて欲したのであろうか。

・手帳類には様々な人がアクセスしてくれる。それによって情熱や可能性が開けていくし、持続していける。取材においても、様々な興味深い人がアクセスしてくれることは重要な指標だと答えている。うろ覚えだが、インタビュアーの方によるとそれを人間関係資本と言っていた(今Webで検索したらそれらしい言葉が見つかった)。ゲームづくりやその他の活動においても同等のアクセス可能性があるだろうか。そこから逆算すると、作るべきゲームの姿や水準がおぼろげながら見えてくる。相当に高いハードルだと思われる。が、あまりに課すのもやめて作ってみようとも考えている。

・先日の取材はスターインタビュワーとでも言うべき方に来ていただいて、大変楽しい取材となった。そばで見ていた方が驚くほどだった。良い聞き手というのはどうしてこう愉快なのだろう。今は、聞き手の書いた本が圧倒的に面白い。ただ僕にとって面白い聞き手は多くなくて、黒子に徹しているタイプの聞き手が好きだ。例えば木村俊介さんがそうだ。

・優れた聞き手のかたともっと話がしたい。インタビューという形でなくても良いし、むしろそのほうが興味深い。インタビュワーの方に逆取材した集成のような本があれば読んでみたい。

・古田さんや村田さんがおっしゃっていたことだけど、作品などの表現されたものは、その人の全てではなくて地中に深くどっしりとしたものがあって、その頭頂部が少し現れたようなものがいい。もちろん隠されたどっしりとしたもの(基礎といっていいだろう)をそれこそこしらえる必要がある。自然とこしらえてしまっている状況・状態がのぞましい。僕より少し上の世代である40代の人で、何人か見受けられる。そういった差が目につくのが40代という年齢かもしれない。年齢だけでくくるつもりはないけれど、あえてくくってみるという見方で。

・書いたものを見直していくと、読点を間違った位置につけているケースが少なくない。変な習慣になっている。書くときに打ちたい読点と読むときに読みたい読点の場所が異なっている。

・そろそろラジオ体操をして出社する時間なのでセーブを終わろう。揮発性の高いメモの記録を再開した。6/14-15あたりは良く書けた。おそらく取材を直前に控えていたからだと思われる。

謝辞
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Shirado Masafumi