2008/08/18

・マウスの使いすぎで腱鞘炎のような痛みが手首をおそう。 となりで仕事をしている同僚のマウスさばきを観察したら、人間側から見て机のかなり手前で扱っていた。 相対的に、自分が机のかなり奥に支点を置いていた。 腕は伸びているから、肘はまがっていない。 気にしてみると明らかに体重が手首にかかる姿勢だ。 ためしに机の手前で扱うようにしたら、 慣れないためか、 扱いづらかったけれど、 手首への負担は軽い気がした。 少しずつ修正していきたい。

・会社の机はかなり相性が良いみたいだ。 腕を机に乗せたときに当たる部分が角ではない(通常の板(90度)ではなく、 45度にカットされている)ので痛くなりにくい。 次に机を買うときは参考にしたい。

・過去に二人の人間と付き合った。 どちらの期間にも、 幸せを感じる喜びと、 幸せに奪われる日常の対立、 バランスがあった。 最初の方とは、 自分が幸せに負けすぎてだめだった。 次に付き合う機会があるならば、 絶対に上手くバランスを取りたいと思った。 そして次に付き合ったとき、 果たしてバランスは取れた。 よしこれなら上手く行くと思った。 だが、 実際は自分だけがバランスの取れた状態で、 相手がだめだった。 ああ、 天秤が入れ子になっている構造なんだ、 と思った。 つまり、 天秤の片方に乗っかった私は、 自分の手に持つ天秤のバランスを取ることには成功したけど、 反対側の天秤で彼女がもがいていた…。

・では、 もう一度チャンスがあれば、 どうバランスをとれば良いだろう。 単純に考えれば、 自分の天秤と付き合う人間の天秤の両方のバランスを取れば良いだろう。 本当か?

一見問題はないが、 これは2度目と同じ点を見逃している。 すなわち、 さらに外側の天秤の存在だ。 2人の天秤のバランスが取れても、 さらに大きな天秤がゆさぶってくる可能性がある。 それは例えば、 社会や国家と言った類のものであるかもしれない。 このように考えていくと、 いくらでも何重にでも天秤を登場させられる。 マトリョーシカちゃんみたいだ。

・こうなってくると、 バランスを取るのはもはや不可能に思える。 だが、 ひとつはありきたりな方法が残されている。 外にいくつ天秤があろうと、 それらがすべて作用した上で、自分たちの今の釣り合いは分かるのだから、 そんな外側の存在は気にせず、 とても微小な視点で振る舞えば良いのである。 でも、 なんだかこれは面白くない。 井の中の蛙でも大海を知りたいと思う。無謀かな。

・水がジュースみたいに美味い。