2014/03/25

・ああやはり2週間がすぎている。そしてまた月曜日の夜だ。

・時間を持っている仲間がほしい。(再掲)

・思えば昨年も半年ぐらいは自宅にいなかったが、今年もほとんど自宅に帰れていない。居候でありルームシェアだ。人と暮らすのを楽しく感じ、一人の生活に戻れるだろうかと不安になっている。時々自宅に帰りだらだらしたいという気持ちにもなるが、自宅が遠いのでだらだらした気分では帰ることができない。

・誰かと住んでいると気が引き締まり、生活も引き締まる。誰かと一緒にいると、だらだらする時間が減る。だらだらできる人と住めばだらだらできるのかもしれないが、だらだらしすぎている自分は好きではない。だらだらしたい。また、だらだらしているときはだらだらしている気分になりたい。さもなくばだらだらしている意味も効果もないからだ。その点でも、誰かと住むと効果的なだらだらになる。良いだらだらである。このようにだらだらとはデリケートなものだ。だらだらと書いたが。

・繰り返すが、こんな風に、人と住み、効果的なだらだらを行い、さびしくなく、つまり楽しく暮らしていると、不安になる。いつまで自分は人と暮らせるのだろうか。暮らしてくれる人がいつまでいてくれるのだろうと物思いが進んでいく。結婚のような出会いに恵まれなくても誰かと暮らせるように、変化しながら維持していかなければならない。いろいろなさまざまな価値観や人間を楽しみ、会話を楽しみ、ストレスに強くなり、健康であり、お金も最低限持っておく。そしてそこに制作も(やはり物語ゲーム作りになりそうだ)加わりつづける。これが今日の日記だ。