2015/06/03

劇団ままごとの『わが星』がすごくて、90分中、30分ぐらい泣いていた。こんなに連続的にないたのは記憶にない。詩や文学がすきになったことで、センサーが強化されたのかもしれない。声を出して泣くのはかろうじてこらえた。劇が終わったあとインターネットに繋いだら、カープがとても受け入れがたい負け方をしていた。そして日記を書いている最中であるがテニスの錦織選手もピンチである。

こうやって、一日のうちに感激して高まったり、無様で腹が立ったり、期待が裏切られてがっくりきたりする。気持ちの良い出来事がつらい出来事に相殺されて、何らかのプラスマイナスに落ち着く。また、気持ちの良いことしかなかった日でも、つらいことしかなかった日でも、大抵のことは翌日になると半減している。そして、翌日に新たでフレッシュな感情のプラスマイナスが加えられる。それが毎日なのだろう。

例えば、野球なんてものはけっこう毎日試合があるから、長期的にプラスマイナスが加算され続ける。同じ日にサッカーと野球が重なれば、+2だとか、±0だとか、ー2だとかが発生する。小説やゲームや音楽の体験は比較的任意のタイミングでそこに加えることができる。これは僕のメカニズムではあるのだけど、スポーツ等の時間が決まっているイベントは外側から気分の上下をもたらす。結果についてはコントロールできない。もちろん、無視するか興味を失えばは除外できる。気分を賭けた勝負を降りるわけである。その勝負に負け続けて気分が落ち込むと、自分で本やゲームを用意して回復させることができる。そういうときは、良いと確定しているものを選ぶことにしている。堅い単勝の馬券である。反対に落ち込んでない時は、ギャンブル的なものに挑戦できる。こんな風に、解き明かしているわけではないので冗長に書くしかないのだけれど、こういったメカニズムを不思議だなと感じている。みんなどういう風に処理しているのだろう。Facebookで問いかけてみようかな。

錦織が1セット奪い返した。

『わが星』はすごかったけど、文体派は慌てなくていい。焦らなくていい。気にしてもいい。ライバル視はしてもいい。持ち込んでもいい。明日からまた作り始めよう。

『わが星』よ、僕の心に残れ。