2008/12/12

・オシム氏、 帰ってしまうのか。 残念だ。 また来てほしいし、 できればずっと日本にいて日本のために活動してほしかった。

2008/12/14

・採点してもらうって楽しさ。 10代のころの採点と言えば、 一番の関心は点数の数字自体だった。 周りの誰より点が高いとか低いとか、 そんな感じだった。 でもそれは数字による採点だったのが原因だ。 単純な正解不正解の数字だけではない丁寧な採点をされたことで、 採点には、 他人の目を通した自分の評価が分かることや、 自己評価との違い、 視点の違いによる楽しさがあることが分かった。 もちろん採点の方法や採点者の能力いかんであるが、 採点される側の心構えも必要だ。 わたしは、 プログラミングという行動を通して、 自分の非を認めること、 それも客観的に、 冷静に、 健康的に、 笑って楽しむぐらいの気持ちで認めることができるようになってきた。 査定なども同じことが言えると思います。

・同じ回答を複数の人に採点してもらうとさらに面白い。 採点者の個性も感じられる。

・『あぺぽぺ』。 年末の目標は大事だが、 少し急ぎすぎた。 機能はひととおりできたはずなのにとても使いづらい。 この道具を使って縦横無尽に表現ができるとはとても思えない。 これではできたとは言えない。 自分のための道具だから自分が品質に責任を持たなければならない。

・がんばってプログラミングをすると頭がとても疲れる。 そこで酸素カプセルだ。 ベッカムが使って有名になったという酸素カプセルというものを自分も使ってみたい。 148万で買えるらしい。 無理をすれば買えなくもないが、 友人の「ただ酸素がでるカプセルだよ」という一言で我に返った。 自分でこしらえることもできるかもしれないし、 そのまえに一度体験してみるのも良いだろう。 アスリートでない、 一般人にとっては、 美容のカテゴリーに入るようだ。 科学者なども使いまくってよい代物のはずです。

2008/12/10

・動物の子供は自ら巣立つのではない。 ある日、 急に、 親が怒りに満ちていて自分を追い出そうとする。 子供は何が何だか分からなくて、 それでも親に甘えようとする。 親はいっそう怒りをむき出しにする。 もはや敵意と言っても良いぐらいに。 そこで、 ようやく、 子供はもう甘えられないのだと知る。 もう親に甘えることはない。 だから、 甘えるのは良いと思う。 だけど、 最後の最後まで甘えてはいけない。 親も突き放さないといけない。 人間の場合は、 そこで縁を切らなくても良いけれど、 縁が続くばかりに、 包丁でうまく切れなかった肉みたいに中途半端につながっているのをたびたび見かける。

2008/12/11

・表現者は孤独を競う。

2008/12/15

・にんにんさんの新『タルク星の人々 』が公開されたので遊んでみた。 第一印象は、 明らかに『あぺぽぺ』と重なるところがあってショックを受けた。 しかも、 なぜショックだったのかが分からなかった。 そもそも、 『あぺぽぺ』自体が初代『タルク星の人々 』から拝借しているにも関わらずだ。簡単に言うと戦闘のない、ただキャラクターと喋るだけのPRGというゲームだ(もはやゲームとは呼べないだろうが)。 10分ぐらい考えた。 それから推測したのは、 初代『タルク星の人々 』というものがまずあり、 そこに加えた発展的なアイデアが似ていたのだと思う。 そして、 先に世に出されたというのと、 良くできているなあというのがあったようだ。 要するにねたみである。 ただ、 冷静になってみれば、 あまり同じではなかった。 同じなのは、 そのレトロRPGの世界を作り、 喋るキャラクターを置けるということ。 作るのも遊ぶのも簡単にできること。 よくよく思えば、 そのくらいの共通点などはRPGツクールがずっと前からある。 あくまで道具が似ていたというだけだ。 どうやら、 焦りすぎだった。 なかなか思い通りに行かず、 良い結果が出なくて、 慌てているのだろう。 こういうときの自分はとても分かりやすい。

・今後の方向を考えるきっかけになった。 あくまで理想を言うと、 わたしはスタンドアローンな物語の作品を作りたいのだということ。 爆発的なヒット、 利益が目的ではなく、 自分が食べていけるだけの利益があれば良いこと。 その分、 自分のマニアックかもしれない表現に比重を置くこと。 少数の人間に対して要求を満たすものを作りたいこと。 そしてこれらが時代に逆行しているように思えること。 イノベーションとマーケティングを無視していること。 いや、 実は無視していないかもしれないということ。 流通、 広告の部分さえ突破できれば、 ターゲットはもっと少数になるはずだ。 エンターテイメントやアートの世界が一人勝ちの時代に進むとは思えない。 では、 どのようにマネジメントしていくべきか、 できるのか。 まだまだ考え足りない。 クリアでない。

2008/12/07

・昨日は外出のない休日だったのに、 ゲーム制作をさぼってしまった。 寒いのと気分が乗らなかったのが原因。 代わりにゲームをしたのですが…。 で、 今日起きてみて、 まだやる気にならなくて困りはてました。 ここに来てどうしてそうなるのか、 理由が見当たりません。 できあがるのを恐れているのか、 昨日に引き続き寒いからか、などなど浮かびました。 それから昨日風呂に入り忘れていたのを思い出し、 とりあえず入っておくかと入ったら、 出てきたとき何故かやる気になっていました。 この様子などからも、 気分というものの不安定さが分かります(自分限定かもしれないです)。柔軟に対応せんとね(広島弁)。

・『あぺぽぺ』はゲーム内の風景を作るところまではできているから、 次は当然、 そこで生活する生き物を登場させたいところです。 実は、 これさえできれば、 ゲーム的世界としては十分だと思っています。 繰り返しますが、 ゲーム性はありません。 ゲーム的世界があるだけです。 でも、 これが自分を表現させるのにちょうど良い器ではないかと思って作っているところです。 ところが、この重要で単純な機能を作り出せない。 作るのをためらってしまう。 そして、 また考え込む。 いったい喋るのは誰なんだ?

・これはどういう疑問なのか、 整理しながら書いてみよう。 私が作ろうとしているゲーム世界はいったいどのようになっているのか。 背景があり、 パラメータがあり、 主人公(プレイヤー)がいる。 それから表示物がたくさんある。 人や物や動物や雲がある。 では、 このうち誰が喋りうるだろうか?人は喋るだろう。 動物も喋っていい。 では雲は喋るだろうか?喋るかもしれない。 むしろ雲と会話してみたい。 素敵なことではないか。 背景?背景も喋って悪くない。 拝啓?なとど洒落を効かせて手紙をよこすかもしれない。 ごめん。 冗談が言いたかったわけじゃなくて、 本当に喋ってしかるべきだと思うんだ。 だから、 「ゲーム世界の構造のどこに台詞データを持たせるか?」ということを考えなければならない。 やはりこのように書きながらだとすっきりする。 書くって素晴らしい効能だ。 つまり、 あらゆるところに持たせられないといけない。 簡単な結論が出た。

・しかし、 機械は頭が悪いので、 あらゆるところなどというのは苦手だ。 もちろん人間もそのような複雑なことは苦手だ。 秩序だてた構造を作ってデータを持たせないと、 機械と作る人間が共に困るので良くない。 それから、 「一方的にメッセージを出せば良いのか?」という問題もある。 絶対いつかは、 晴れの日と雨の日とで雲の台詞を変えたくなるに決まっている。 もちろんプログラムをそのつど書けば実現できるけど、 それは破れた服にセロテープを貼って直すぐらいやっつけ仕事だ。 学芸会でもない限りボロが出る。 だから、 もっとしっかりしたプログラムを書かなければならない。 これが自分にはそこそこ複雑な作業で、 水面下でこんな風に考えていたから、 手が進まなかったのかもしれない。 だとしたら、 その勘は間違っていない、 と書いてみて、 とても言い訳くさくなってしまった。

・結局、 1日使ってちょっとだけ作る。 どこにデータを持たせるかが大枠で決まった。 大きな前進だった。 後は作りつづけるだけ…かは未だ分からない。

2008/12/02

・『あぺぽぺぺいんと』は無事vectorに承認されました。 『朝ゲイツ』はだめだったのでね…(しつこい)。 紹介文書いてくれないかなあ。 「1回書いてくれないかなあ。 vector1回だけ書いてくれねえかなあ。 1回だけでいい…。 一生懸命やれればいいよ…。 」元ねたが分かった方はけっこうインターネットをやっていると思います。