2013/10/14

・日記が2週間を越え、3週間も空いてしまった。土曜日や日曜日に予定が多く入っているからです。メモみたいなものはたくさん書いているけれど……。書くまでもないけれど、人と過ごす時間が増えれば増えるほど、1人でいる時間は減っていきます。どう過ごすにせよ、時間の重みが増しています。去年はシルクエを作っていたから良いとして、一昨年は少しもったいなかったなと振り返ります。

・三鷹の事件だとか、さきほど発覚したノブシコブシという芸人の浮気現場だとか、歴史の教科書に載らないタイプの事件・ニュースに釘付けになる。これが今の時代なのか……と感じます。刺激が強い。作り物の物語はこういった刺激があるなかでどのような意味・意義があるのでしょうか。また、遊び手・受け取り手は、僕が触れているこれらのニュースや作品に対してどのぐらい刺激を感じ、心を奪われたり、消費・消化しているのだろうか。たいしたことのない刺激で1分程度しか興味が続かないのだとしたら……。

・刺激といえばネガティブな人も刺激的ですが、どちらかというと人物造形としてはネガティブに押され気味のポジティブにも興味があります。ポジティブな人の類型をつくって、ネガティブな人の類型と掛け合わせて物語を作れないか、などと考えています。ポジティブもネガティブも、もはやそれ一言で説明が完了する言葉ではないと思いました。色んなポジティブ、色んなネガティブについてもう少し詳しく調べたいところです。

・仕事のほうは基盤づくりの作業でなかなかハードです。作品固有の物語だとかシステムだとかとは違った技術、情熱、体力が必要になります。自分自身は時間の許す限り作品固有の部分を作りたいと思っているので、なおさら……。

2013/09/23

・いつもどおり2週間ぶりの日記。ここまで規則正しいと2週間以上空いたら体調に異変があったことにしよう……。

・人生のテンポについて。短期戦と長期戦が平行して存在するとして、それぞれへの取り組み方。大きいこととたくさんのこととのバランス。無理なく欲張りたい。

・物語をもっと整理できなければならない。整理もしくは編集。一度見た映画のストーリーを思い出して書き起こすようなしっかりとした風景の運びがほしい。いきなり書き始められる人は、たとえば夢をみるように風景が頭に広がってそれを逐次書き写すような感じだという。それも正確さと整合性をもって。

・これらにアプローチするには、2つ思いつく。ひとつは、起きている最中にも夢を見られるようにすること(『夢の操縦法』という本をそれで借りたのかもしれない)。もうひとつは、物語を極限まで抽出して整理することだろう。どちらの方法にしても、執筆はそれこそ書記に近いのだろうけど、特に整理の方法をとった場合は自明を書き写すだけになるので執筆者は退屈かもしれない。しかし、その退屈を受け入れようと思っている。いくつかの作品を作ってみて、制作のすべてのパートがときめくものではないことを経験したし、納得している。

・力で起きている最中に夢を見られるように、ソフトウェアで補助できるだろうか? (たとえばミステリのような)物語を極限に整理するのに、ソフトウェアで補助できるだろうか? これらのツールがもしできるとしたら、自分(あるいはごく近しい人)専用の道具になるだろう。そしてその道具を作ること自体が創造的で、その構成論的なアプローチによって(反復気味だが)自分自身の創造性を発見していく過程になるだろう。またおそらく、これらの道具を作るのは予測不可能な時間がかかるから、別の作品制作と平行して進めるべきだろう。さもなくば私は今後何も世に発表することなく終わってしまう可能性が十分に高まる。

・(サウンドのボリュームつまみをひねるように)他人を自分に快適なように調節しようとする人がいて、そういう人は自分を隠しつつ相手を知りたがる。自分中心の世界というとネガティブなイメージになるが、自分の世界を作っていくと言っても良い。世界のバランス調整にかなりの労力を費やす。そんな人は、実際の人間関係をツイッターのフォローみたいに制御できればと思っている。他人に興味がないというのを少し詳しく冗長にいうと、他人の世界をプレイすることに興味はないが他人に自分の世界はプレイしてほしい、と言えるかもしれない。

・一方で、できることが多い今の時代、好きになった相手に対し一直線に最優先に向かう人はそんなに多くない。小細工も駆け引きもない。人の世界に入り込んで冒険をするプレイヤーだ。それをすがすがしいと思った。

・(要するに今これを書いている自分は)人間関係を世界の作り手と遊び手に分けて考えたのだろう。もちろん、1人の人間が作り手であり遊び手であり、そのバランスもさまざまである。2人の人間関係は、お互いの世界をプレイしあい報告をし世界を再調節する営みの繰り返しだ。

2013/09/08

・ほぼ2週間ぶりの日記である(いつも通り)。あと30分以内に今日は終わり9日になるけど、日記は間に合うだろうか。23時55分まで書いていいことにしよう。

・2週間に1度日記を書くといっても、常に頭を占めていることならともかく、同じぐらいの印象のできごとなら、書く割合は今日の分がXXだとしたら昨日の分はXX-YYになるだろう。一昨日は昨日よりもっと減るだろう。それゆえに前の日記を書いた次の日の出来事はほとんど書き残せないことになってしまう。これでいいのだろうか。

・寝ると記憶がかなり吹き飛ぶのが日記という単位を有名にしているのだと思う。たとえば、多作になるための記事がツイッターで出回っていた(今日の日記)ことについて書こうとしよう。たぶん(自分にとって)この程度の印象は、1週間前のになると取り出せない。

・4月途中から取り組んでいた仕事は先月末をもって無事完了できた。ほっとしているのもつかの間、『シルアードクエスト』にもどってきた。自分の仕事はやはり誰に言われなくても気になってしまいます。

・人と会う習慣はあれからも続いていて、土日の両方を休むということはあまりなくなった。今週は土日と珍しく家にいたが、それでも金曜日から土曜日の朝に書けて会社の人たちとゲームを遊び続けたからに他ならない。今後の人生で、2日誰とも会わないでいることは、そんなにないかもしれない(短期的な状態で長期を予想してみた)。

・あと10分書く時間が残っている。何を書き残してみようか。

・今後の人生がうまくいくといいなあと思っています。特に人との関係においてそう思うのです。色んな人がいるけれど、相性を考えると人はそんなに多くない。

・他に、何か、頭……。……そうだそうだ。ブログの文章を日記の形式で書くようになってずいぶんと経つけれど、ここのところ『思考の手帖』のスタイルに後ろ髪をひかれます。もう一度ああいう風に書いてみたいと思っています。もう1段階、自分を見られるように、自分を見えるようになりたいと思うようになってきました。脱皮したくてむずむずしているけれど、さて、皮があるのかは分かりません。

・制作は大事にしたいけど、制作だけに夢中というわけにもいかない、いきたくないという感じです。少しずつ人生のテンポがアップしているように思います。それに自分でテンポを変えられるのだなあ、とも。以前にも今年は去年より色々あったと書いた気がするけど、今年の前半と比べても後半はテンポがあがっているし、これからさらに上がっていくような気がするのです。大丈夫だろうか。自分においていかないでと言いたい気持ちです。急いでも忘れ物をするに決まっているから。

2013/08/26

・前回の日記を書いてからやはり二週間ぐらい経過。二週間記と化すのだろうか。仕事は今月末ぐらいまで延長の見込み。

・土日のどちらかに人と会うという生活が数週間続いている。今まではひと月に一度ぐらいが体感値なので、ずいぶんと多い。交流を求めている気持ちに素直に従ってみています。すると、土曜日に外に出て日曜日にゆっくり家ですごしていると本当にゆっくりというか、人と会ってないなあという気持ちになっていくる。習慣って案外変わるものかもしれない、と思っています。そしてこれが普通の生き方なんだろうなあ。

・かといって制作は続けたいので、色々とバランスを整えたり、集中力や技術を上げていかないといけなくなっている。要所要所では時間をかけて何度もリライトして磨き上げるスタイルは変わりがないだろう。

・要するに欲張ろうとしているのだと思う。仲間のサポートあっての『シルアードクエスト』だけれど、一応はひとつそこそこの規模の納得がいくゲーム作品を作ることができて、制作以外(大きなところだと誰かと一緒になって結婚だとか子育てだとか生活だとか)も両立できるのではないか、狙っていこうではないかという気分。機運。

・でも人とめぐり合うというのは、とてもとてもゲーム作り以上に難しいことかもしれない。制作を捨てて興味のない仕事を毎日続けて家族を養う……なんてことはできそうもないし。ジェンガを20個ぐらい動かした状態であるのは間違いない。同じぐらいの年の人間ならみんなそうでしょう。

2013/08/12

・結局2週間ぶりの日記になった。仕事のプロジェクトは今週で終わる見込み。その後は自宅制作になりそうだ。日記の頻度も増えるかもしれない。

・それに以前書いていた記録のスタイル、『思考の手帖』のような想起を書きとめるスタイルをまたやってみたくなっている。思いつきが貧困になっている気がするからだ。固まっていると感じる。それはぶれないと言えば聞こえは良いが……。

・今年のここまでは自分にしては派手な出来事が多かった。シルアードクエストを出せたのはとても良いできごとだ。残りの4ヶ月は地味に行く(jimi.jpというドメインを持っているぐらいなのだから)。派手な刺激がなくとも粛々と進めたいことがあるし、そうできなければならない。地味に進められる自分でいつづけるのが理想です。例えば、自宅に1人で引きこもっても、心身ともに健康であれるような、物語ゲーム作りを少しずつでも進められるような……。

・先月の終わりぐらいから、ためしにtwitterやfacebookの時間を減らしてみています。もちろんその分の時間ができるので他のことに使ってみている。もっとプライベートで直接に人と話す時間や会う時間を増やしたいと思っています。遊ぶ時間も! オンラインのコミュニケーションもオフラインを目指すものの割合が増えました。良い人間関係がこれからもっと大事になってくると思っているし、何よりさびしいからです。

2013/07/27

・4週間近くも日記が空いてしまった。夏の暑さがそうさせるのか。こんなに振り返らなくて大丈夫だろうか? もしかしたら明日も書くかもしれない。少しでも過去の日常をかき集めようと思う。

・仕事は苦戦しながらも進めている。よほど簡単な仕事でないとうまくいかないことはあるし、そもそも自分がそんなに簡単に感じるものは世の中に仕事として成立しないだろう。つまりだいたいがうまくいっていない状態を保持している。単純に言えば、そういった仕事のうまくいかないを休日に持ち込みたくない。たぶん持ち込まないほうが仕事自体もうまくいく。もっと短く言えば気分転換が上手になりたい。

・5日は仕事をして、1日を誰かと会って過ごすと、1人でいる時間は週に1日だけになる。自分はこれを少ないと思う。誰かと会ってすごす時間も新しい出会いや旧交を温めて増やせたらいいなと思う。平日に誰かと会う体力や精神があるといいのだけど、理想を言えば仕事が3日、1人が2日、人と遊ぶのが2日ぐらいの一週間になればいいなと思う。お金のかかる趣味は多くないから、低収入でも不可能ではないと思っているが……。

・9月からの作りたいゲームの整理をしなければいけない。シルアードクエストのiPhone化、続編。友人との制作。それにミステリ短編や戦闘のないRPGみたいなゲームも作ってみたい。プログラムも書かねばならなくなりそうだし、大雑把にでも計画して少しずつ進めていきたいところです。今年中に個人制作らしきものをもうひとつは、と思っています。

・謎とか目的とか、ストーリーをひっぱるものをもっと上手に作れないだろうか。技術を高められないだろうか。キャラクターも気になるけど、その前にシナリオを何とかしたい気持ちが強くある。一方で、キャラクターが面白い会話だけしていれば、大きな事件や解決がなくても楽しいものなのだろうか? 水面下で探ってみること。

・もっとうまく考えたり、学習したり、整理したりしたいものだ。

2013/07/01

・仕事はなんとか進めている。技術もそうだけど、働き方について足りない部分、学ぶ部分が多い。特に知らない技術、作りなれていない仕事、高度な知識を要するものに対してどうアプローチするのか。仕事の中の、調査、仮説の要素がかなりの部分を占めていて、同じプログラミングをベースにした仕事でも前の仕事とはだいぶ違うなと感じています。

・システムがあるんじゃなくて作りたい物語ゲームのためにシステムを作るのがひとつの究極的な道だけど、いまあるシステムをすべて使い尽くして物語ゲームを作ると言うのもまたひとつの究極的な道だと思う。

・あるシステムを使い倒すことはコラボレートの一種。

・容姿の衰えを指摘された。正しくは身なりをさぼっているという指摘。まだ結婚もしていないし恋人もいないのでささった。してればいいってものでもないかもしれないけど。自分の全体のバランスをみたときそこだけが足りない。他のと必要なものが異なっている。

・働きすぎてもそれはそれで心配になる。みんながもうちょっと楽に生きられないものか。

・遊びたい。遊びとは何か。遊びたい気持ちになっている。ほとんど同じ意味で、もっと人を見てみたい。一人の人についてもたくさんの人についても。人に執着したいし、執着したくない。

・物語。いい物語はないものか。

・物語でなくてもやりとりがあればいいのかもしれない。それはいったい何だろう。シーンのスケッチだろうか。