2011/06/02
・NINMARI 1.0.0をリリースした。複数の意味でのリリース。NINMARIを手にとってもらえるように解放することでもあるし、NINMARIの制作から解放させることでもある。自動でパソコンの使用ログをとって眺められるソフトウェアです。パソコン作業者を励ますというコンセプトで作りました。[web]
・0.5を出してから1ヶ月、どうやったらもっと多くの人に伝わるか?みたいな課題で粘った。勤めていたときのプログラマではあまりこういう仕事をしなかった。与えられたものを作る、あるいは大雑把な要求からいい感じに作る。できたら、機能を作ったら、満足だったし十分だという感じだった。もっとこだわって仕事をするには気持ちも能力もなかった。ぎりぎりのスケジュールにこだわりをねじ込める人が抜けて成長していくのだろう。だから、できているものをデザインしなおしたり、クオリティアップを図る、それも1ヶ月―結局4ヶ月かかったから4分の1―をかけてやるというのは、初体験だったし、慣れていなくて下手糞だった。
・一方で、今になってみると、0.5のままにしておかなくて良かった。前のが100人に3人伝わるとすると、今度のは10人には伝わるだろう。本当は半分、50人ぐらいに伝えたかったが、既存の類似品があるソフトでもないし、能力的にも時間的にも諦めた。そういう感覚を体験できたことはとても良かった。iPhoneやiPadを分かってもらうために、どれほどのアイデアとデザインが注ぎ込まれてきたのだろう、そういう想像をした。
・判断の回数が会社員プログラマのときとは桁がひとつ違うぐらい多かった。もっともプログラミングが判断をしない作業であるはずがない。判断するものの質が違ったというべきかもしれない。プログラミングは正しく動かすための判断という感じでいるけど、ブラッシュアップの一ヶ月の間に起こった判断はこんな風に迫ってきた。何を残すべきか?何を削るべきか?そもそも何を作るべきか?どうしたら伝わるのか?次々と迫ってきた。
・次はゲームを作るつもりだ。1年と1ヶ月で、最初のものが出せた。あと1年ぐらいで貯金が尽きるが、もう2つぐらいは作品をリリースしたいと思っている。
- Posted at 2011/06/02 02:30
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2011/05/24
・制作を全くしない日が減ってきているのは、純粋に良いことだ。ここのところ、やる気がダウンしても2、3日が限界で、プログラミングやゲームデザインに再び向かう。実践のない勉強が減ってきた。たぶん、作りたいものをイメージすることに慣れてきて、具体的できるようになってきているのだと思う。
・ゲームの企画を頭の中で何度も作ったり、ボツらせたりしている。成果物にはなっていないけれど、繰り返すたびに、作り直すたびに、より強固で形になった企画ができてきている。昨年の会社を辞めたときに頭の中にあった個人制作リストと今のリストでは質が全然違うだろう。面白さの得点は同じでも、あるいは作りたい度合いは同じでも、より少ない要素(つまり簡単に作れるということだ)でできている。漠然とした願望が、作れそうなレベルまでデザインされてきた。
・プログラムはそこそこできるにしても、上手に絵が描けた方が良いだろうし、効果音やBGMも作れた方がいいに決まっている。デザインもできたら幅が広がるだろう。もし自分で自分のイメージどおりにそれらを表現できたらどんなに良いことか。良いに決まっている。だが、時間は限られている。それはどうしても必要なものか?自分でできなければならないのか?最高に必要なものか?それなりに自問はしてきたと思う。
・デザインという言葉が頭にはりついた頃からか、ものとものとの関連、要素と要素の関連を意識するようになった。もうひとつ、作品と作品との関係がある。作ろうとしているゲームとゲームの関係も見ている。ある未来の作品がある別の未来作品の上位レベルに位置している場合がある。
・例えば、夢野久作という人の代表作と言われる『ドグラ・マグラ』は、それまでの彼の著作のありとあらゆる要素が入っているという。つまり、『ドグラ・マグラ』のそれまでの作品の集大成であり、それまでの作品は『ドグラ・マグラ』を作るための習作と言える。僕もこうやって作りたい作品同士を見比べている。そして、できるだけ簡単な要素でできているものから最初に作ろうと思っている。この1年で、要素がひとつあるだけで十分に難易度が高いと分かったし、それを磨くことが大事だと分かったからだ。ビジネスの世界ではキャリアデザインと呼ばれているものだろう。
・それで少し戻ると、自分にどうしても必要なキャリアは、絵でも音でもなく、物語を作れる能力だ。お話を作れなければお話にならない。企業活動にせよ個人活動にせよ、このキャリアを詰まなければならない。僕が作りたいもののリストにあるほとんどは、システムと物語がコアになっているからだ。密接度が高くて、差し替えや外注がしづらい。密接させたものを作りたいと言い換えてもいい。
・多分この日記は、以前書いた、”私が今の時間を利用して勉強したいと思うものがはっきりして良かった。それは筋(ストーリー)と型(モデル)をたくさん作れるようになることです。”の別の言い方にすぎない。ただし、より具体的に踏み込めた。一回転した地球のようなものだ。一周してまた戻ってきた。同じ面が前よりも豊かになっていた。
- Posted at 2011/05/24 04:25
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2011/05/18
・NINMARIを何人かの友人に試してみてもらったところ、面白いとかつまらないとかの反応よりも、分かった分からない(伝わった伝わっていない)という反応の方が衝撃的だった。それほど、伝わっていなかったし、正しく理解されなかった。作ったものが伝わらないのはとても悲しいことだと分かった。NINMARIはゲームを作る前の習作でもあったが、貴重な体験ができたと思う。
・作る以上は、きちんと伝えたいと思った。もっとデザインを工夫しなければならないんだろう。機能を作るだけではいけない。デザインはとても広い言葉だが、機能のデザインとサービスのデザインがあるのだと思った。サービスを日本語にするとおもてなしになるだろう。例えば、ゲームデザインは機能のデザインになるし、見栄えや操作の快適さはサービスのデザインになるだろう。
・5月はNINMARIのデザインをやり直している。サービスのデザインの方だ。第一印象や、さっと使ってみた時に、何とか伝わってほしい。友人の助言を元に、作りっぱなしになっていた機能をひとつひとつ点検してみると、おどろくほど分かり辛いことが判明してきた。自分で長く使い続けることの盲点だろう。元が元だが、200%ぐらいは分かりやすくなったと思っている。今月中に正式に出す(ソフトウェア登録サイトに登録する)予定です。
・平行して進めている、次に作るゲームの構想もかなり進んできた。『あぺぽぺ』よりはずっと現実味があって、作れそうな構想になってきた。少しずつ作るのが上手くなってきている。貯金を食いつぶしながら間に合うだろうか。あと1年ぐらいしかない。
- Posted at 2011/05/18 13:57
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2011/04/30
・今後ブログはこちらのページに書きます。内容自体はAimquestのときと同じものになります。管理サイトが増えたのでまとめました。
・NINMARIという、パソコン使用履歴を記録して分類して見せるソフトウェアを作りました。今年の初めぐらいから作っていました。会社を辞めてから初めて公開するものができました。ちょうど1年ぐらい経過しています。
・NINMARIは簡単に使える面白いソフトウェアですので、ぜひ使ってみてください。windowsのパソコンで使えます。制作日記などはまた日を改めて書きたいと思っています。
- Posted at 2011/04/30 15:57
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2011/04/13
・思うところがあったのか、今作っているソフトウェアの締め切りを4月20日にした。ある程度できてきた感触があるのだと思う。一方で、作りたい機能が溢れている。それでひとつ区切りをつけてやろうというもの。そして早く次に移りたい。ゲームになる。ゲームを作りたい。ゲームを作らなければならない。
・締め切りではあるが、急ぐわけではない。要するに諦めるために締め切りを設けたのだ。文字通り、諦めて追い出す扉として、切るというはさみとして役に立つ。
・作っているものを簡単に言うと、自分の作業記録を見て楽しみ、モチベーションを保つためのWINDOWSソフトウェアだ。バージョンは0.5~1.0の間になると思う。キリがないので、あとは紹介ページと、google広告や寄付といった収益を組み込んで落ち着かせる。あと1週間なので、それすら十分ではないだろう。見栄えももっとがんばらねばならないが、それどころではない。それで良いのだと思う。リリース。
・私自身に宣伝力があまりないので、どれぐらい知ってもらえるかが分からない。なので、利益は、1円あれば良いものとする。名刺にはなると思う。もっと時間をかけて作ればもっとお金が得られるかもしれないが、差額を予想できるほど見通しに長けていない。よりゆるく考えれば、最初から上手く行くわけがない。頃合だ。今までで一番反応があった『tashiro-player』より反応があれば良いなと思う。
- Posted at 2011/04/13 13:49
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2011/03/31
5%ぐらいの確率で関東が危険な状態になると思った。原発問題が安全か危険かは十分に理解できなかったし、日々不安がたまっていき判断能力が減ってきていると思ったので、わかりやすい逃げるか否かのボーダーを決めたところ、越えたので、実家に避難させていただいた。関東に出て以来、実家にはお正月に帰るぐらいだったから、少しためらった。逃げる、という選択肢の一般的なイメージも悪いと思った。でも今は会社組織にも属していないし、それよりも、自分の命は自分で判断しなければいけないと思った。
広島の実家に戻ると、ここは安全なんだという感覚がすぐにあった。たぶん、阪神大震災が起こったときと同じぐらいの感覚。ひどいが、どこか他人事に感じられる距離。生まれて初めて有事を感じた出来事に対して無責任に思えた。それに対し、制作をきちんとする、という、自分の最優先をとってきてふたをした。避難生活を何日かして、そういう感覚にしたと思う。
実家では、かつて自分がずっとそうだったように、母がご飯や風呂や洗濯の世話をしてくれた。父は仕事に行って夜になると帰ってきてご飯を食べた。またこの家の子供になった気分がした。ただ、そういったバックアップを得て、制作ははかどった。より時間をかけて考えなければいけないような作業も、いくつかできた気がする。例えばデザインについて。他にも、いくつか恩恵に見合う成果はあっただろうか。
2週間の疎開生活のあと、高崎に戻り、確定申告の手続き他を済ませた。これでまたひとつ軽くなった。軽くなった自分の制御を自分でしなければならない。意志も決意も実行も強くはないが、それでも、だいたい1週間の半分ぐらいはきちんと作業できるようになってきた。採取的には5日分ぐらいに上げたいが、最低これぐらいを維持できるのも大事だ。調子が悪いときは悪いなりに。プロ野球のピッチャーと似ているだろう。
- Posted at 2011/03/31 23:40
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2011/03/08
・隠居みたいな生活をしているのに、誕生日をたくさんの方に祝っていただいてありがたい。
・しばらくの間、良いなと思ったものや好きなものを、絵、文、音、映像などフォーマットを問わず記録するようにしている。文といっても、誰かのつぶやきだったり、文句だったり、自分の感想だったり、思ったことだったりするし、絵と言っても、写真だったり、グラフィックだったり、はては自分の夢のスケッチだったりする。これらがいつか役に立つような気がしはじめた。引き出しを広げる、と呼ばれる。
・そうやって記録していくと、良いものなどいくらでもネットで探すことができるようにも思えた。良いものであふれている。だが、その良いものの中で、さらに厳しく見ていくと、本当に良いものや自分にとって好きなものはあんまり多くないというのが分かった。そうしたときに、もっと探すべきなのか、そもそもないのかが分からない。あるいは探すより作るほうが早そうだ、という感覚も生まれてきた。
・ただし、言葉については例外で、知らない良い言葉がたくさんある。知らない言葉というのは聞いて意味が分からない言葉ではなく、文章を書くときに自分が思いつけない言葉という意味。良い言葉として認識していない。もちろん、まったく知らなかった言葉と遭遇することもまだまだ多い。
・本来はこういった確認は、お勤めをしながら十分に行われていなければならないのかもしれない。周りを見ても、みな私より、自身が好きなものをよく知っている。私も好きなものは用意していたつもりだ。しかし、表現するのに十分な数がなかった。少ないものを無理やりくっつけようとすると不自然になるし、難しい。
・頭数が足りない原因は、好きなものを、だれも知らないものの中から探してきて選ぶようなところがあったからだと思う。一方で、好きなものを最後にとっておく、最後に食べる、みたいなところもあって、収集するという視点でみれば、回り道をしたように思う。ただ、今それらを新鮮に味わって吸収するためにとっておいたとも言える。今それらをむさぼっている。
・むさぼっていると、好きなものの数が、本>音楽>ゲームの不等式になっていると分かった。ただの感覚なのだが。特に、ゲームの一部のジャンル(例えばADV)では、とっておき(未プレイかつ好きなもの)が絶滅しかかっている。だから、自分でこのジャンルのものを作っていこうと思っている。作品という固体の数を増やさなければならない。理由付けがひとつ増えてまた少し強固になった。
- Posted at 2011/03/08 14:43
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