2013/12/10
・12月。年末です。自分もそろそろ今年を振り返ってみよう!
・今年は近年の中では動きが多かった気がします。まず(初めてのゲームらしい規模のゲームである)シルクエを出せたし、プライベートでも動き、出入りが多かったです。良い年だったと断言できます。ただ今年は運にも恵まれた感じがあって、特にシルクエは人に恵まれました。今後も同じようにやってもらうのは無理だよねというぐらいの強力なサポートをもらいました。そんな今年の充実がかえって来年に向けて心細さを感じさせたりもしますけど、たんたんと地味に地道にやっていければなと思います。あきらめの悪い人間なので、まだまだ作ってみたいし、新しい出会いにも期待しています(タフでゲームを遊ぶのも作るのも好きなお嫁さんがほしいなあ!)
・年齢は加算されていって、(楽観的なキャラクターでとおっている自分でも)不安もいっぱいありますが、普通程度の幸せレベルだし、生活レベルなので、発狂してもしょうがないと思ってます。健康に育ててもらったなとの実感も年々強くなるばかり。患っているといえば、せいぜい鼻炎と飛蚊症ぐらいです。虫歯がないのは珍しいぐらいだそうだし、総合的に見たら特に問題ありません。体力は落とさないように体は動かさないといけないなと思います。ストレッチのおかげか、最近はつらなくなりました。
・なかなか年末らしい閉じこもった日記が書けている。でもこの数年、文体っていうのか、自分の文章が自分になじめていない気持ち悪さがずっとつきまとっている。外に探しに行くしかないのでしょうね。どうにも乾燥してます。今は、心から好きな文も、心から好きな人も、心から好きな物語も、ない。
- Posted at 2013/12/10 00:41
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2013/12/03
・漫画やゲームを大量に摂取してみると、どうもこれは好きだけどこの方向だと(自分にとって)70点以上にはならないんじゃないか?という作品がある。これは好みの問題で、作品そのものが悪いというわけじゃないと思う。好きではあるが大好きではない。もし、同じ方向のものを作ろうとしたら大好きではないがゆえに、作るのが苦しくなってくるのではないだろうか。作るのにレベルアップが必要な技術が必要ならなおさら苦しいに違いない。これは産みの苦しみとは少し違う苦しみだと思う。言ってみれば必要のない苦しみだ。
・そんな苦しみを味わないためにも、もっと自分の好みを知っていかなければならない。たぶんセンスはないから、能動的に探して把握しなおさなければならない。幸いアタリはついているので、遊びなおしたり読み直したりすればいけそうです。基本的にはこれまでふれたものを中心に、隣接する新しいものを探す。しつこいけど、少し好きではいけなくてとても好きでなければならない。たとえばひとつの物語に10個詰め込めれたらそれだけで自己満足は確保できるようなとても好きな要素。それらの要素を100個見つけ出せたらその中から10個ぐらいを何とか結び付けていく。パズルのように悩むだろう。つじつま合わせ。これができたら何とかならないかなと思っています。桝田省治さんのゲームデザイン論に似ていると思います(ほとんどそのものかもしれない)。
・冬はこたつに入ってしまうので、手を動かす力が減ってしまう。冬眠をする動物がいるくらいの季節です。熊が木の実を集めるように自分も好きなものを集めたり貯えたりしながら春に備えていきます。ひとつ問題なのはゲームに関しては新しくて好きなものがほとんどないことです。
- Posted at 2013/12/03 23:40
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2013/11/15
・3週間ぶりの日記は、慣れない場所に下書きをしている。ノートパソコンをWindows8にした時にかつてのデータを別のハードディスクに移したため、ノートの紙が(空のテキストファイルだが)なくなってしまったのだ。普段とは違う場所に書いていることで、書く内容や文の調子が変わってくるだろうか。変な感じはしています。
・間が空いた間も、好きなものを探して調べるという作業をしています。『がいこつ』『シルクエ』と作ってきて、次はもっと踏み込んだものを作ってみたい。しかし、何をどう踏み込めば良いのやら空中をつかむよう。自分で納得がいくものを作りたいんだとは思っています。とても個人的です。どうすれば納得いくのかがまだはっきりはしていないのですが、単純に自分が好きなものを作品に詰め込めたら、作品中の好きなものの密度を高められたら、より納得できるのではないか。これほど単純だけどそれがまだできていないなと痛感させられるのは、自分が何が好きかをよくわかっていないことです。
・たぶん、早熟で成果をだしているアーティストと呼ばれるような人たちの中には、好き嫌いが激しくて、それゆえに自分の好きなものを表現できるのだと思う。時期はおぼろげですが、少なくても1年以上前にはそんな風に考えて、自分の好みを探ろうとしてきたけれど、ここにきて調査が加速してきている感じがします。そう思いながら、遊んだり読んだりするようになってきています。
・すると、以前よりグルメになってきました。好きや嫌い、面白いやつまらないを判定するようになった。以前はあまりなかったか、意識していなかった感覚です。それで思ったのは、よくできているけど、嫌いだったりつまらないものがあるんだなあということ。縦軸をクオリティの高低、横軸を好き嫌いであらわしたグラフで考えたときの第2象限に入るものです。トータルでは同じぐらいでクオリティと好きの値が逆になった作品のほうが自分は満足度が高いのですが、(当たり前といえば当たり前なのですが)プロの作ったものでも第2象限に入るものがけっこう多い。ここに入る作品は、技術を学ぶのにはちょうどいいですが、もっぱら第1象限と第4象限から好きなものを探っていこうと思っています。
・簡単にまとめると、作品の内訳をできるだけ多く自分の好きなもので構成することが、(個性とまではまだ言わないでおくけど)自分らしい作品であって、より踏み込んだ作品かもなあと、初冬の深夜の静けさのなかで書きながら整理できました。
- Posted at 2013/11/18 22:32
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2013/10/26
・前回の日記から約2週間が経ちました。ノブシコブシの浮気現場生配信は仕込みだったとか……。
・演劇で、役者が観客に打ち明け話をする風にして進んで実は観客を騙している、洗脳していく、というタイプのものがあって、それを思い出しました。ゲームではあまりない形式かも。探偵やミステリを扱ったものではあるけれど。なぜ少ないかの原因はいくつか考えられるが、やはりつぎ込む時間の大きさが単純でいい回答になる。裏切られたときのショックの大きさは、そこにつぎ込んだ時間やお金などの資源の量と比例する。なので、10時間、20時間とつぎ込んだものに裏切られるというのは、心地よさよりも負の感情が勝ってしまう……。
・仕事のほうは、変わらず粛々とやっています。適度な壁があらわれて何とか次に進み、小休止してまた壁が出てきて……の繰り返し。仕事、プライベートともに、新しい物語は作っていなくて、こちらもまた仕込みの時期です。習作はたくさんしているのだけど、ひとつの物語として動き出すところまで持っていけていません。これが今後の大きな課題となっています。自力が足りないのでしょう。
・より好きなものを、より好きなものを探し、道がなくなったら、その時に道を作るように作品を作ればいいのかもしれない。それなら世の中にどういう道があるかしっておくことが必要になります。
・どんな時も時間は大事にしましょう。
- Posted at 2013/10/26 15:32
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2013/10/14
・日記が2週間を越え、3週間も空いてしまった。土曜日や日曜日に予定が多く入っているからです。メモみたいなものはたくさん書いているけれど……。書くまでもないけれど、人と過ごす時間が増えれば増えるほど、1人でいる時間は減っていきます。どう過ごすにせよ、時間の重みが増しています。去年はシルクエを作っていたから良いとして、一昨年は少しもったいなかったなと振り返ります。
・三鷹の事件だとか、さきほど発覚したノブシコブシという芸人の浮気現場だとか、歴史の教科書に載らないタイプの事件・ニュースに釘付けになる。これが今の時代なのか……と感じます。刺激が強い。作り物の物語はこういった刺激があるなかでどのような意味・意義があるのでしょうか。また、遊び手・受け取り手は、僕が触れているこれらのニュースや作品に対してどのぐらい刺激を感じ、心を奪われたり、消費・消化しているのだろうか。たいしたことのない刺激で1分程度しか興味が続かないのだとしたら……。
・刺激といえばネガティブな人も刺激的ですが、どちらかというと人物造形としてはネガティブに押され気味のポジティブにも興味があります。ポジティブな人の類型をつくって、ネガティブな人の類型と掛け合わせて物語を作れないか、などと考えています。ポジティブもネガティブも、もはやそれ一言で説明が完了する言葉ではないと思いました。色んなポジティブ、色んなネガティブについてもう少し詳しく調べたいところです。
・仕事のほうは基盤づくりの作業でなかなかハードです。作品固有の物語だとかシステムだとかとは違った技術、情熱、体力が必要になります。自分自身は時間の許す限り作品固有の部分を作りたいと思っているので、なおさら……。
- Posted at 2013/10/14 16:31
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2013/09/23
・いつもどおり2週間ぶりの日記。ここまで規則正しいと2週間以上空いたら体調に異変があったことにしよう……。
・人生のテンポについて。短期戦と長期戦が平行して存在するとして、それぞれへの取り組み方。大きいこととたくさんのこととのバランス。無理なく欲張りたい。
・物語をもっと整理できなければならない。整理もしくは編集。一度見た映画のストーリーを思い出して書き起こすようなしっかりとした風景の運びがほしい。いきなり書き始められる人は、たとえば夢をみるように風景が頭に広がってそれを逐次書き写すような感じだという。それも正確さと整合性をもって。
・これらにアプローチするには、2つ思いつく。ひとつは、起きている最中にも夢を見られるようにすること(『夢の操縦法』という本をそれで借りたのかもしれない)。もうひとつは、物語を極限まで抽出して整理することだろう。どちらの方法にしても、執筆はそれこそ書記に近いのだろうけど、特に整理の方法をとった場合は自明を書き写すだけになるので執筆者は退屈かもしれない。しかし、その退屈を受け入れようと思っている。いくつかの作品を作ってみて、制作のすべてのパートがときめくものではないことを経験したし、納得している。
・力で起きている最中に夢を見られるように、ソフトウェアで補助できるだろうか? (たとえばミステリのような)物語を極限に整理するのに、ソフトウェアで補助できるだろうか? これらのツールがもしできるとしたら、自分(あるいはごく近しい人)専用の道具になるだろう。そしてその道具を作ること自体が創造的で、その構成論的なアプローチによって(反復気味だが)自分自身の創造性を発見していく過程になるだろう。またおそらく、これらの道具を作るのは予測不可能な時間がかかるから、別の作品制作と平行して進めるべきだろう。さもなくば私は今後何も世に発表することなく終わってしまう可能性が十分に高まる。
・(サウンドのボリュームつまみをひねるように)他人を自分に快適なように調節しようとする人がいて、そういう人は自分を隠しつつ相手を知りたがる。自分中心の世界というとネガティブなイメージになるが、自分の世界を作っていくと言っても良い。世界のバランス調整にかなりの労力を費やす。そんな人は、実際の人間関係をツイッターのフォローみたいに制御できればと思っている。他人に興味がないというのを少し詳しく冗長にいうと、他人の世界をプレイすることに興味はないが他人に自分の世界はプレイしてほしい、と言えるかもしれない。
・一方で、できることが多い今の時代、好きになった相手に対し一直線に最優先に向かう人はそんなに多くない。小細工も駆け引きもない。人の世界に入り込んで冒険をするプレイヤーだ。それをすがすがしいと思った。
・(要するに今これを書いている自分は)人間関係を世界の作り手と遊び手に分けて考えたのだろう。もちろん、1人の人間が作り手であり遊び手であり、そのバランスもさまざまである。2人の人間関係は、お互いの世界をプレイしあい報告をし世界を再調節する営みの繰り返しだ。
- Posted at 2013/09/23 13:26
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2013/09/08
・ほぼ2週間ぶりの日記である(いつも通り)。あと30分以内に今日は終わり9日になるけど、日記は間に合うだろうか。23時55分まで書いていいことにしよう。
・2週間に1度日記を書くといっても、常に頭を占めていることならともかく、同じぐらいの印象のできごとなら、書く割合は今日の分がXXだとしたら昨日の分はXX-YYになるだろう。一昨日は昨日よりもっと減るだろう。それゆえに前の日記を書いた次の日の出来事はほとんど書き残せないことになってしまう。これでいいのだろうか。
・寝ると記憶がかなり吹き飛ぶのが日記という単位を有名にしているのだと思う。たとえば、多作になるための記事がツイッターで出回っていた(今日の日記)ことについて書こうとしよう。たぶん(自分にとって)この程度の印象は、1週間前のになると取り出せない。
・4月途中から取り組んでいた仕事は先月末をもって無事完了できた。ほっとしているのもつかの間、『シルアードクエスト』にもどってきた。自分の仕事はやはり誰に言われなくても気になってしまいます。
・人と会う習慣はあれからも続いていて、土日の両方を休むということはあまりなくなった。今週は土日と珍しく家にいたが、それでも金曜日から土曜日の朝に書けて会社の人たちとゲームを遊び続けたからに他ならない。今後の人生で、2日誰とも会わないでいることは、そんなにないかもしれない(短期的な状態で長期を予想してみた)。
・あと10分書く時間が残っている。何を書き残してみようか。
・今後の人生がうまくいくといいなあと思っています。特に人との関係においてそう思うのです。色んな人がいるけれど、相性を考えると人はそんなに多くない。
・他に、何か、頭……。……そうだそうだ。ブログの文章を日記の形式で書くようになってずいぶんと経つけれど、ここのところ『思考の手帖』のスタイルに後ろ髪をひかれます。もう一度ああいう風に書いてみたいと思っています。もう1段階、自分を見られるように、自分を見えるようになりたいと思うようになってきました。脱皮したくてむずむずしているけれど、さて、皮があるのかは分かりません。
・制作は大事にしたいけど、制作だけに夢中というわけにもいかない、いきたくないという感じです。少しずつ人生のテンポがアップしているように思います。それに自分でテンポを変えられるのだなあ、とも。以前にも今年は去年より色々あったと書いた気がするけど、今年の前半と比べても後半はテンポがあがっているし、これからさらに上がっていくような気がするのです。大丈夫だろうか。自分においていかないでと言いたい気持ちです。急いでも忘れ物をするに決まっているから。
- Posted at 2013/09/08 23:53
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