2009/03/15
・ケールの仲間と明け方まで飲み明かす。と言っても、お酒を口にしたのは私だけであるが。ケールを中心に、たくさんのことを話した。話すのは楽しい。相手を知ることができるし、自分を伝えることができる。今年はよく話している気がする。話す相手は多くないが、量がとても増えている。きっと良いだろう。悪い効果はあるだろうか。少し水面下で考えてみよう。ぽい。
・翌日曜日は大家さんが来たのもあり、片づけを手伝った。大きな一軒家にタダ同然で住まわしてもらったのだから、これぐらいはして釣り合いが取れる。昼前に帰られたので、自分たちの作業も終了。途中、仲間の1人が合流したが、夜通し遊んでいたのだろう、言葉通り倒れこむように布団に寝られた。その布団が場所が狭い廊下の突き当たりに置いてあったから、袋小路に捨てられた子猫みたいで可愛いかった。
・住所が遠い仲間は夕方に帰り、もう1人残った仲間は寝ている。『あぺぽぺ』を考えれる時間がひさしぶりに取れたと思った。そして蓋を開けてみると、明らかにバランスが悪いプログラム/全体になっている。もう一度考えて、構築しなおさなければならない。何が作りたいのか、焦点がぼやけているし、時間を食いつぶしそうな広がりを見せていた。当然、コンパクトにすべきだ。それには、良いと思ったアイデアや作ったプログラムのいくつかを捨てなければならない。それはとてもしんどい作業だった。強調点、協調点が見出せない。途中、頭がケールや卑猥な妄想などに浮気しながら、それを強引に『あぺぽぺ』に引き戻す作業を繰り返し、4時間ぐらい考えてようやくひとつのアイデアを得た。仲間に頼ろう。
・このひとつの発想/転換を得てからは、簡単だった。とうとう完成の尻尾が見えた。ああ、まとまった、と思った。後は頼らせてくれるか。たぶん、その1時間前ぐらいに母親から電話があったのが良かったのではないか。頭が整理された。もちろん、また変わる可能性は十分にあるし、ずっとそうなっている。ただ、仲間を巻き込んだならば、それは形にしないと私を許さない。最初ではない。
・母親も療養をしていたみたいで、親近感と言うか、家族であるなあと思った。こういうときはしっかり休むべき、という意見で一致した(首脳会談風)。日記やケールのサイトも見ているみたいで嬉しかった。『ちいてん』の感想は仲間にも伝えておきます。元、だけどね。そうそう、いただいたバレンタインデー兼誕生日プレゼントですが、さつま汁のパックが今のところ一番おいしかったです。たしか、おいしいのを伝えて、と手紙に書かれていたので、ウェブページ越しに伝達してみます。清く正しい庶民のウェブ活用です。
- Posted at 2009/03/17 00:00
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2008/03/03
・仕事がきつい。脳にきている。量も多いし、複雑さもかなりある。私事でやっていたプログラミングの頭の使い方と同じ使い方を平日もしている。脳が筋肉痛になっている感じがする。つまり脳が運動不足であるのか。単に、自分には大変な仕事をやっているだけなのかもしれないが。
- Posted at 2009/03/10 00:00
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2008/03/07
・どうも疲れているのは頭だけではない気がした。となると、体であろうか。すべての反応が鈍くなる。
・疲れていると考えることを辛くさせる。しかし、放棄すると、そこでさらなる成長は止まってしまう。なぜなら、同じレベルでずっと疲れている状態になり、考えることが一切できなくなってしまうからだ。だから、たとえ疲れていても、考えるのをやめてはいけないのだと思う。
・またこの状態を抜け出すための方法のひとつは療養である。安静にしていると、体力を使わないから回復していくが、何もしないことで同時に心も回復していく。何もしないとは、すなわち考える時間がたっぷり取れることにつながり、それが心を回復させていくのだろう。そうすると、療養が必要になったということは、考える時間が足りていなかったとも言える。
・そんなことを確認しながら、家でゆっくりしていた。週末に自分のアパートへ帰るのは1ヶ月ぶりぐらいだ。この間、出力に偏り過ぎていたのかもしれない。2日程度の休息でだいぶと違ってくるような気がする。明日は出かけないといけないが…。
・体力が減っているのか、1日の活動量が減っているようだ。運動のための運動は嫌いで、避けてきたけれど、肉体も重要な資本だと考え直しました。極端な例だけど、毎日一時間運動をすることで、一日の活動時間が2時間増えるならお得だろう、ということ。
・ことことことこと。「こと」という言葉をなんども使いながら考えていきます。「こと」を使いすぎて嫌になったり、自然だからそのままにしようとしたり、繰り返しています。
- Posted at 2009/03/10 00:00
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2008/03/08
・友人から、最近のコメントが冴えていない、とのメッセージをいただく。疲れているところにこれだ。その通りだよ。それに彼曰く、そういうときに私は、自分のことばかり書いたり話したりするらしい。自覚症状の無いまま、人のところに日記を書いてしまった。理解不足もあり少し脚色しているが、だいたいはこんな内容だった。頭を使っていない証拠だろう。疲れている自覚はあったし、良いコミュニケーションができているとも思っていなかったが、それでも言われた瞬間は、何だこの野郎と30%ぐらいは思った。できるだけ正常に話したい気持ちもありはしたが、少し感情がはみでてしまった。もっとうまく制御したい。それでも彼は、そっけなく感じた返事もあったが、最後まできちんと指摘してくれたし、繰り返し説明してくれた。
・このような辛らつとも思えるコミュニケーションは、関係が悪化する可能性があるし、途中で放棄すればさらに気まずい。運が悪ければ絶交もありえる。だからと言って、親しい人間の言動に疑問を感じたときや、間違った道に進もうとしているように見えたとき、それを放っておくべきだろうか。そうではないはずだ。そしてそれをいとわない人間が本当の友人というものだ。もはや、絶滅種に近い、貴重な友人である。これは自慢だが私はそういう友達に恵まれている。もちろん手放すつもりも無い。
・回復にはもうしばらくは時間がかかるだろう。来週も仕事以外はあまり無理をしないでおこう。会社からの帰りは徒歩を使う。
- Posted at 2009/03/10 00:00
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2008/03/05
・人間Aに人間Bを紹介するのは人間Aへの最大限の信頼。
・頭が悪いなら、発想と時間の集中で対応しよう。他に何でカバーできる?
・あと脳の体力もつける。もっとたくさん作りたい。
- Posted at 2009/03/10 00:00
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2008/03/09
・展示が無事終わりました。来場してくださった方と、成功をお祈りしてくださった方々に感謝。隠せば良いことを書くと、結局、わたしの友人はあまり来てくれなくて、少し残念な気持ちもした。文章の調子は悪かったしいたし方ないところか。それに、身内だけで楽しむレベルで甘んじるつもりもない(今はそこにすら到達していないけどね!)。だいたい、自分は他人に期待しすぎるのだ。そう、メカニズムはこんな具合である。私は普段、人にあまり頼まない(いただけるときは遠慮なくもらう)。だから、たまに頼んだときは引き受けてほしい。そのたまにが、たとえば展示であったり、作品の発表だったりする。そこで100%に近い過剰な期待が発生する。この状態では、あまり人の都合を考えていない。大げさに書いたつもりだが、実際はこんなものかもしれない。お付き合いをしているときにも、このような手順で、機嫌を悪くしたことがあった。人に期待するのは決して悪いことじゃないと思うけど、思いやりとの調和を欠いてはならない。何度か繰り返し、再現を確認したから、たぶんいつか直せるだろう。
・カフェ展示のおもしろいところは、その狭さにある。展示場などと違って、順路のようなものはない。お客さんも同じ場所に居続けるから、会話量も立ち話程度ではなく、もっと長くなる。数時間と言うのも少なくなかった。だからアート的なインパクトも大事だが、物語や背景を存分に伝えるチャンスがある。じっくりと読ませる解説文もここでは役に立つ。もちろん、自ら解説することもできるし、お客さまの話を伺うこともできる。なかなか面白い体験だった。新しい作品ができたら、またやってみたいです。
- Posted at 2009/03/10 00:00
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2008/03/04
・しかし、同僚や先輩方のプログラミングは速い。2倍では効かない。これだけ速いなら小細工なしにハードコーディングしても、完成に持っていける。自分にはとても真似ができない。実際にはハードコーディングどころか、自分よりきれいだ。流れるようなコードです。しかも、ミスやデバッグが少ない上、省メモリや処理負荷の最適化も施してある。むむう。
- Posted at 2009/03/10 00:00
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