2009/02/28
・展示が始まった。これを書いているのは3月3日で、思い出して書いています。次の日の夜までパソコンを触らなかった。普段息を吸うように触っているので、触っていないのを認識できる。禁断症状はないけれど、日常的ではないな、という感覚があります。道中、たいやき屋さんで買ったたいやきをほおばりながら、世田谷から徒歩で下北沢まで展示品を運んだ。さっそく展示のレイアウトを考えていると、いくつかの問題が生じた。まず、全部配置しても少しスペースがあまってさびしく映った。それから、展示品を設置するために必要なピンが足りなかった。また、作品を置くだけでは誰のどういう作品であるか分からなかった。紹介文のようなものがいるであろうということ。やはり実際にやってみて分かることは多いです。一番気になっていた、全体が閑散としてしまう問題は、フォトアルバムに入れておいた図鑑の写真を壁に貼り付けることで解消できた。展示作品にひとつひとつ対応した80枚の写真があったので、さながら動物園のような賑やかな雰囲気になった。こんな即興的なアイデアが浮かんでぴったり来るのも、ライブ感があって面白い。リクエストをいただいたので、展示が終わったら写真なども載せてみます。文章だけでは伝わりきらないであろう…。
・初日は一応、オープニングパーティとしてみたのだけど、残念ながら自分の友人は一人も来なかった。人間関係が無いのを嘆きつつ、普段怠っているのだから虫が良すぎる思いがした。だいたい、友人の多くも家族も地理的に遠い。まだまだ時間と距離の問題は解消されていないなと感じました。幸い、共同展示をしてくださった方の友人がいらしてくれてずっと居てくれたので、終始満員のカフェ『リトルベルゲン』でした。小さなカフェで、8人ぐらい中にいると、もう一杯です。通りがかりの人々は必ずと言って良いほど、中を覗くのですが、人が多いと判断するのか、作品が届かなかったのか、そのまま通り過ぎていきます。それが少し残念でした。もっと色んな方と話したかったです。と言っても、いらした友人の方と話し過ぎて、そうそうに体力がゼロになってしまいました。一生懸命会話をすると3時間ぐらいでばててしまう。今までそんなに会話をしてこなかったのか、それとも体力の低下に関係があるのだろうか。色々書き連ねましたが、ケールの作品『マンチキン』を楽しんでもらえたようで、それがすごく嬉しかったし、もうそれだけで満足でした。4年前に出展したデザインフェスタのときは、当事者意識が少し足りなかったかもしれない。あのときもとても楽しかったが、今はそれに加えて真剣だ。
- Posted at 2009/03/04 00:00
- Days
- Top
2009/03/01
展示は3月8日まで。最終日は撤収もかねて自分も居ます。
・おや。年がひとつ増えてしまったようだ。そういえば、昨日一緒にリトルベルゲンでお祝いをしたのだったっけ。ケーキを買って、お客様と一緒に食べました。夜は元ケールの2人も遊びに来てくれて、プレゼントまでいただいた。ハッピーバースデーと書かれたケーキの帽子と、ムックの毛糸のパンツだよ。去年も下着であった。さて、この連続記録をどこまで伸ばせるか。実家を離れて、もう二度と誕生日を祝われることはないと自然に思っていたけれど、温かい仲間ができて祝ってくださる。最初は恥ずかしかったけど、今は楽しめています。申し訳ない気持ちは相変わらず。私自身が甲斐性もなければ、プレゼント選びも得意じゃない。だから、せめて、別のことで恩返ししようと思っているよ。それで許して貰えるだろうか。
・昨日はそのままリトルベルゲンに宿泊。マスター、ご迷惑をおかけいたしました。そのまま店の営業開始時間である夕方まで居座って、閉められたカフェの中で1人読書をした。これは幸せな時間だった。昨日とは好対照で空間を独り占めした。店のCDプレイヤーが壊れていたのか、鳴らなかったので、店の外を通る人々をBGMにした。この辺りを通る人は賑やかで老若男女さまざまな声が交じり合う。楽しそうな声が多いのが下北沢らしい。
・夕方、店がオープンし、マスターが到着。結局一度も使わなかった店の鍵をお返しし、夕食をいただく。お金を払うことをマスターは気になさっていたけれど、自分は好きな人やサービスにお金を払いたい。反対に言うと、そうではないものにはあまりお金を払いたくない。よって、どうか気にしないでいただければ嬉しい。もともとお金は価値を交換するためにある。ごく普通の考えであるけれど、少し説明がいるのが不思議だ。みんな一体何にお金を払っているのだろう。お金の行き先を想像しないのだろうか。
・常連のお客さんがいらして、作品を見ていただいた。お二人とも人生の大先輩で、若輩者の作品なぞ興味はないかもしれぬと思ったものの、丁寧に見てくださって嬉しかった。感想も書いていただけたようなので、展示が終わってからゆっくりと読ませていただきます。ありがとうございました(ここはたぶん見られないかと思いますが…)。ここに来る人は平和な人が多いよ、という話もしたけれど、本当にその通りだと思った。
・世田谷に戻って、パソコンに触れてみると、誕生日を祝うメッセージがたくさん届いていた。まったく予想していなかったのですごく嬉しい。こんなに嬉しいことだらけで良いのだろうか。少しいただきすぎている気がする。このブログが少しでもお返しになると良いけれど…。アメリカのカリフォルニア、トルコのアンタルヤ、日本の名古屋、そして広島。遠いからこそ、有難さと嬉しさが届くのです。
- Posted at 2009/03/03 00:00
- Days
- Top
2009/02/27
・1日に2日か3日過ぎているかのようだ。自分の主な役割が2つ以上あるのだから、そりゃあ倍にもなります。いいかい、地に足をつけるのを忘れないように―この1文の調子は、世田谷に向かう電車の中で読んでいる『ビジネスマン、生涯の過し方』から。当ブログを通じて知り合えた方に薦めていただきました。啓蒙書の類は何冊か読んで、もう違う書物は読む必要がないかと思っていたけれど、この本はとても新鮮です。それはビジネスマンの日常についてだけではなく、題名どおりの、ビジネスと生活をバランスよく含んだ内容になっているからです。ひとつ挙げれば、母なる自然から学んだ多くのことについて、静かな調子で語っている。私は偏った生活をしがちで、生きる力が低下しているように感じていたし、同書を読んで、さらに警告を受けたような気持ちになりました。週末を世田谷で過すのは、たとえば3ヶ月前よりはバランスの良い生活だけど、もう1ヶ月ほどで終わるかもしれない。そうしたときに、制作一辺倒の生活にならないように。生きるとはどういうことか。それを考えながら生きるのだろうか。
・明日は『ケールとはしもとかな?展』の初日です。前日だと言うのに仲間が集合しそうも無い…と思っていたら、零時を過ぎたぐらいにしっかり集まってきた。よいよい。前日の高揚というのは良いものです。あれ、私いがい誰も気負っていない。おかしいな。みんなすごいな。確かに準備はだいたいできているけれど。
- Posted at 2009/03/03 00:00
- Days
- Top
2009/02/26
・休息をとって明日に備えるべきところではあるが、『あぺぽぺ』が気になってしょうがない。ついプロジェクトを開いてしまった。来週以降で、仕事がそこそこ落ち着いてから本格的に再開したいが、どこから作り始めようか考えるのも楽しい。これだけは作りたいし、他にもまた作ってみたいゲームのアイデアが浮かんできて、かなりの待ち行列を形成している。これらをすべて落とし込めるだろうか。時間を想像せよ。創造せよ。
・わたしの作品や表現がどれだけ受け入れられるか、あるいは興味を持ってもらえるかは、表現そのものが持つ魅力と私への期待や信頼の合計になるだろう。私そのものへの魅力と置き換えても良い。本当に価値があれば、見てもらえる。そのような気持ちになるものだ。
・依然、まともな夢を見ないどころか、ひどい夢ばかり見ている。知人が突然結婚してまた1人減っていく様子を過剰に演出したものや、昔のコンプレックスをぶりかえしてかき乱そうとするものなどだ。まるで過去が底なし沼で、現在の私を引きずり込もうとしているかのようだ。もしかすると、良い夢も見ているが、これらの夢が強烈過ぎてかき消されるのかもしれない。悪夢から覚めたとて、隣で寝ている人もいない。ただ、考えられることとして、日常の満足とバランスをとっているのだとしたらなかなか優秀だと思います。そうなると、日常が厳しいものに、希望も幸せも感じられなくなったとき、たとえ一時でも夢が救済をしてくれるのだろうか。
・金曜日になるのが早い。
・不況ってへたれ人間を増量するのだろうか。私などはへたれのもっともたる人間だと思っていたけど、その私からして、おいお前大丈夫か?それで生きて行けるのか?甘えすぎちゃいないか?と心配になる人が目につく。自分自身について、たくましくなったつもりはありません。
・太宰さんや芥川さんの時代も同じような空気が蔓延していたのかもしれない。
- Posted at 2009/03/03 00:00
- Days
- Top
2009/02/23
・ケールの仲間にプログラムを書いた。言葉のリストと文字数配置から歌詞を自動生成する単純なもので、デバッグ込みで20分ほどで書けた。GUIではもちろんない。にも関わらず、効果は絶大であった。絶大というのは仲間が喜んで使ってくれたという意味である。多少のおべっかはあったと思われるが、それはいい。そもそも、手芸や声を主戦とする彼女とプログラムが交わったのがとても驚きで、もちろん嬉しかった。驚きの度合いは間違いなくこの1年ぐらいでは1番だ。プログラムにそのような可能性があるのを、あきらめていたどころか、模索すらしていなかった。
・それから、作った歌詞をプリントアウトして、気に入った箇所に丸をつけた。楽しい時間だった。調子に乗って100回ぐらいプログラムを走らせたら、100枚以上印刷しても終わりそうに無いので、途中で中止した。単純なランダムだけどけっこうな詩人だ!仲間の感性と私のプログラムの共同制作。
・そもそも、前日に歌詞を考えて、私が書いたのを採用してもらったものの、どうもしっくり着ていない様子であった。共同作業にありがちな風景だと思います。こう着状態が訪れた。そこで、押し通すこともできたし、あきらめることもできた。しかし、そのどちらも採用したくなかったし、なにより時間がまだ残っていた。話しているうちに、プログラムを使ってみようというアイデアが生まれた。いま思い出しても素敵な瞬間だった。上に書いたとおり、プログラムの可能性を過小評価していたから、冗談半分だったけど、一軒家を使わせていただいている環境の充実と、がんばっている仲間を見て、廃棄物を作ることになっても良いから作ってみようと思った。個人的には忘れられない1日になった。たっぷりと時間をかけてコミュニケーションをとって、相手を理解しようとしつづければ、やがて何かが創造されるのだと理解した。もう1人の仲間とも同じことができるだろうか。
・たとえば、誰かと、1ヶ月まるまるコミュニケーションをとるのに使いつつ制作したらどうなるのだろう?1年では?20年あれば子供を育てられる。時間をかけるとはとてつもない結果を生む。1時間では制作できない、1日ではできない関係が作れる。独りももちろん良いが、もっとわくわくするのは複数の人間でそれを試すことだ。時間管理に優れた、あるいは潤沢な時間を持っている人間と制作を続けてみたい。作る楽しさがまたひとつ増えた。娯楽があふれているからほとんどの人は知らないまま一生を終えるだろう。私だって運が良くなければ、死ぬまでこういう体験はできなかった。これはもう止められないよ。
- Posted at 2009/02/23 00:00
- Days
- Top
2009/02/22
・居候させていただいている世田谷の家の大家さんとお会いした。部屋の片づけを3時間ほどお手伝いして、それからお茶をいただいた。銀座で買った茶菓子と言うのだろうか。美味しかった。話せる機会ができて良かった。これで安心して制作にうちこめる。後どれくらい使えるか。体の運動にもなったし、もちろん作業もした。バランスの良い1日が過ごせた。
・1人でいない時間を作るとすぐに気がつくのだけど、感情が簡単に乱れる。たとえば、制作をしているときにリラックスされたり、娯楽を楽しむような笑い声が聞こえ続けたりすると、それだけでもうだめだ。なんと脆い。これは敢えて触れるようにして、律する機会とするべきだろう。制作の重要な瞬間ぐらいは自分で分かる。そのときは遮断すれば良い。感覚で計ってみたところ、復旧に1時間ぐらいかかる。直す方法で分かっているのは、風呂や散歩、睡眠をとること。
- Posted at 2009/02/23 00:00
- Days
- Top
2009/02/24
・パソコンが帰ってきた。これで100人力だ!さっそく日記を書く書く。
・仕事はいよいよ佳境。2週間ぐらい気合を入れてやらねば、食われてしまいそうだ。
- Posted at 2009/02/23 00:00
- Days
- Top