2008/07/28

・作りたいものの型というべきものがあらわになっていく。 具体的な像は浮かばない。

・TRRN氏のアプリケーション『STONE AND WATER』や『MONSTER MARCH』などを遊んでいると、 その簡単さ、 純粋さ、 ときた。 これは我に返る。 以前遊ばせてもらったアンディーメンテに型は似ている。 どちらが良いかは好みの問題になってくる。 これらの作品を見ると、 とてもシンプルでボリュームは小さいにも関わらず、 世界のようなものは感じられるし、 体験として十分に魅力的だ。 単に他の作品も見てみたいと思うもの。 対して『あぺぽぺ』はもしかしたら多機能すぎるかもしれない。 一番単純なもの、 すべての土台となるものという感覚でいたのに。 もっと単純なものが作れるのだ。 驚きであった。

・「ステテコシェルター」がgoogleのpagerankに認識されていた。 嬉しい。 『朝ゲイツ』だけなぜかrank2だった。 被リンクが多いわけでもないが。

・水虫の塗り薬が2000円もするとは。

・たとえ苦しい気持ちになったとしても、 それを伝えられるようになったのだから、 大きな前進だ。 もちろんそれですべてが解決したわけではない。 さらに苦しんで話し合わねば解決できないだろう。 どちらかが極端に問題解決の方法に優れていたら別であるが。

2008/07/30

・価値観というのは何だろうか。 似ているとか異なるとかある。 似ていて良いと感じるときもあるし、 違っていて良いと感じるときもある。 衣食住をともにする人ならば、 近い方が良いかもしれない。 ここでいう近いと言うのは方向のみであって、 量は気にしない。 友人であれば、 量が同程度以上でで方向は違うほうが面白い。 こんなところだろうか。 どうやら、 私にとって価値観とは、 人を選ぶときに基準になるものだなあ、 と気がつく。

・実効支配って言葉、 流行りそうじゃない?便利そうだもん。

・アマゾンよ。 10点ほどエロ漫画をのページを開いただけで、 私の頭の中がすべてそれであるかのように本をすすめないでくれたまえ。

・平日にも作業を進めたいが、 まともに働いて帰ってきて気持ちに素直に問い合わせると、 なかなか動き出せない。 楽しい部分の制作なら違ってくるかもしれないが、 まだ地面を作っているような段階だ。 無理やり行って全滅してしまうよりはマシだろう。

・『Lost Sheep』。 まず、 丁寧に作られていると思った。 部屋を入ったり出たりするときに台詞を表示がその一つで、 あたたかみを演出している。 表示をはじめ『Mother』の影響が見られる。 家具のマップチップを一箇所に集めて引越しの表現をしているのは上手いと思った。 戦闘の音楽も子気味良い。 使われている音の種類は少なく聞こえるが、 私にも作れたりするのだろうか。

・アスキー エンタテインメント ソフトウェア コンテストのページ、 優秀作品の表彰とは言え、 賞金1000万円とか500万円が二十歳そこらの人間にぽんぽん手渡されているのが驚きだ。 いかにもバブルという感じだ。 もっとも有名な文学賞でもそれくらいは出している。 優秀作品を生んだ作者に対する執着のなさが気前の良さを感じさせるのだろう。 ちやほやしている感じがあまりない。

2008/07/24

・『アペポペ』の効果音を選ぶ。 効果音は重要だとは思うが、 選ぶのは難しい。 頻繁に使うのは、 決定、 キャンセル、 カーソル移動、 (メニュー)開く、 (メニュー)閉じるあたりだ。 整理もかねて基準を考えてみる。

・入力に反応して鳴る音は心地よさが重要になってくる。 中でも決定音は入力を誘うような音がいい。 反対にくどさは避けたいところだ。 重いよりは軽く行く。 キャンセルは決定よりは控えめにした方がうるさくない。 決定音より低い音がベターか。 次にカーソル音だが、 連打される音は短い方がリズムが出る。 特にカーソル移動はもっともリピートされるから、 音のつなぎ目が肝になる。 歯切れがほしいところだ。 オープンは勢い良くさっそうと現れる感じだろうか。 反対に、 クローズは失礼しましたと速やかに出て行く感じでいいだろう。 ほんの少し余韻があって良いかもしれない。

・以上、 木村央志氏風に書いてみた。 それっぽい文が次々と繰り出されただろうか。 まだまだである気がする。

2008/07/25

・電子チャットではあるが、 一晩話せてとても楽しかった。 たくさん思ったことがあったのに、 1%ぐらいしか覚えていない気がする。 しかるべきときに思い出してくれると良いのだが。

・結論はシンプルだとしても、 頭が悪いのでそれだけでは理解できない。 仮定や過程をいちいち聞いて、 繰り返してもらって、 ようやく理解に近づく。 いままでそうやって理解してきたし、 これからも劇的には変わらないだろう。

・天才までは望まないけど、 もう少しだけ頭が良くなりたいなあ。

・天才と呼ばれる人(私からみて天才に見える人が天才と呼ぶ人)と話してみたい。 そういう機会があればぜひ。

・程度の差はあれ、 論理型の人間と感情型の人間では問題がどうしてもある。 なければ奇跡ではないか。 奇跡はさっさと諦めて、 期待せずに、 何とかして上手く行くようにせねばならない。 どんなに苦労しても、 話さえできるのであれば、 聞こうとする意志を持ち続ければ、 やがて解決する。 そう思ってやっていきたい。 仮に上手く行かなくても得るものが多いだろう。

2008/07/27

・SOXクラスの設計が不十分だった。 使い方のイメージがあいまいであったのが良くなかった。 さらに道具づくりに時間がかかりそうだ。 まあいい。 地道にやるしかない。 すこしずつ現れてきているのだから。

・難しい問題って案外たくさんあるんだな。 心技体の全てが足りない気がする。 体力を向上(回復か)させるのが一番おざなりになるので何とかしたい。

・集中力が散漫になったのもあり、 坂道を歩いた。

・明日は整理をやろう。 一週間のはじめで重たい月曜日には丁度良い。 少し前から日記のアップロードなどをこの曜日に行っているのもしっくりくる。 ちらかりがちなデスクトップの整理もやる。 がちがちに固定してしまう必要はないし、 自分には似合わない方法だと思うけれど、 それでも多少の決め事はあっていい。 自由を扱いきれない以上、 最初は補助輪をつけて、 少しずつ慣れていくしかない。 自由に行き過ぎた結果、 睡眠時間が大幅に増えてしまった。 睡眠過多と体がだるい感じがするのとは関連していそうだ。

・仕事でも私事でもそうだが、 必要な作業の性質を把握して、 適切な分担を行えるようになりたい。 例えば、 「アイデアを探す」「アイデアをまとめる」「設計」「プログラミング」「情報収集」「テスト」「記述系いがいの制作」・・・これらの作業のどれもが異なった性質があるように感じられる。 集中できる環境、 タイミング、 時間、 気分などが異なる。 適切なときに適切な作業が行えるのが、 良い習慣であり良い環境だ。

・頭から出てくる言葉や意図をそのまま形にしてみたいとずっと前から思っている。 それをゲーム的表現に注ぎ込むのが『アペポペ』の理想系だ。 何度でも繰り返し考える。 思考錯誤の受け皿。

・もしかしたら私は父親より我が強いかもしれない。 生まれたからには両親を越えて行きたいが、 変なところで越えるのは間違っている。 まっとうに受け継いで越えていくのが生命たるもの。

2008/07/22

・考えてみたら『アペポペ』はやはりライフワークの中心部分なのだな。 自分にとって、 母体となりうる。 その可能性が高いと感じる。 つまり、 常に作り続けられる作品だ。 また、 日常的な作品だ。 『アペポペ』の概念を上回るものが自分に現れない限り。 だから、 他の作品は『アペポペ』から生まれる。 『思考の整理学』で言うところの、 セレンディピティ(副産物)と言えるかもしれない。 セレンディピティが生まれたら、 やがて『アペポペ』に還元されるだろう。 では『アペポペ』とは何だ。 どう作れば良い?どういう存在になれば良い?それらをどのように考えて行けば良い?

・『アペポペ』の姿形。 実験的で、 それら全てを同時に表現可能でなければならないだろう。 柔軟な構造でなければならないだろう。 優れた理科室であり、 美術室であり、 運動場でなければならないだろう。 考えるのに適した個室も完備しなければならないだろう。 こう考えていくと『アペポペ』は非常に巨大な作品に思えてくる。 だが、 それでは駄目な気がする。 正確に言えば巨大であっても良いが、 複雑であってはならないのだ。 これらはよく意識しないとすぐに結びつく。 モノリシックなつくりでなければならない。 シンプルなカオスでなければならない。 相反するものが同時に存在できなければならない。 常に手入れが必要だろう。 質の高い構造が必須だ。 構造を考える良い機会になるだろう。

・抽象的な『アペポペ』のイメージはできてきた。 では、 もっとも自分の苦手とする、 しかし重要な、 具体化する段階に進もう。 やばくなったらまた抽象(と私は思っているゾーン)に逃げよう。 諦めなければやがて形になる。 物事を信じるのはあまり好きではないが、 これは信じたい。

・スパムメールを見ていると、 悪は善の脆弱性を上手くつくよなあ、 と思う。 スパムメールの多くはいい加減にしてほしい類の嫌なもので、 おそらく仕掛け側もそう思ってやっているはずだ。 ならば、 最初に書いて送った主を探知できてぶっ殺せたらどんなに良いか、 と思うし技術的には可能だと思うけど、 もしそのようなことが可能になったら、 では仕掛け側の悪かそうじゃないかをどのように線引きしたら良いのかという話になる。 最終的には、 表現の自由といった類の問題にたどり着くだろう。

・脆弱という視点で善悪を眺めると、 1対多という構図になってくる。 もちろん善が1で悪が多だ。 善が極めて分が悪いように見えてくる。 具体的には、 マイクロソフト社の製品(善)VSセキュリティーホール(悪)だ。 マイクロソフトを善と見れない人もいるだろうが、 セキュリティホールをつく人間を善とは見なせないだろう。 通常の使用ではつく必要がない。 だが、 つかれないことはないだろう。 悪は常に沸いてきて、 善は防戦一方だ。 このように考えいくと、 善が勝つときはいつも強引な寄り切りである理由が分かる。 善は超越しないかぎり、 悪には勝てない。

・ということは、 だ。 逆に見ていくと、 もし悪が巨大であったら、 それを超越しなければならない善の困難なことよ。 悪が巨大企業であったら、 国家であったら、 魔王であったら、 宗教であったら、 ということだ。

・繁殖力が高いのが悪かもしれぬ。善から悪が生まれる。性善説が性悪説を生んだのではないかな。すると性善説が正しいことになるのか。悪が善をのっとる。生まれて最初に善悪のいずれかを感じるとき、悪いことをしているなと先に思うのだとすれば、すでに善の概念があったことになり、性善説だろう。反対であれば性悪説だ。定かな記憶はないが、罪悪感がより先に自覚された気がする。生まれて間もない子が「あ、俺、良い子だな」って不自然じゃないか。「良い子のふりして、おねだりしよう」とか「泣くふりしておっぱいねだってみよう」とか思うのじゃないかな。以後、善と悪のいたちごっこが始まる。(※性善説、性悪説、これらの3文字のみの意味で使っています。もじのみのいみ。内容は知らないでごわ)

2008/07/23

・これ以上のパフォーマンスを出すには、 リズム良い起床と睡眠のバランスが欠かせない。 いきあたりばったり過ぎる。 良い時間の習慣を身に着けねば。

・なんで気合がみなぎってくるのが休みの最後の日なのだろうなあ。 何か原因があるに違いない。

・ネットで叩かれる人を見て思うのは、 必要とされる常識やマナーが増える一方で、 指導できる人や教育の量が減っているよなあ、 ということ。 近い人が気がついたり、 怒ったりできないから、 ネットで失敗に気づくしかない。 義務教育の期間が増えるかもしれない。 30歳まで義務教育になったりしてね。

・自由とは何だろうか。 自在とはなんだろうか。 というのも、 まだ自由な時間を自在に扱えていない気がついたからだ。 現時点では、 不自由な時間を適度に織り交ぜた方が(サラリーマンである以上、 日常はどうしてもそうなるが)、 時間が有効に使えている感覚がある。 感覚にすぎず、 実際は異なるのかもしれないけれど。 でも、 そのように感じるのは、 やはりその程度しか上手くいっていないのだろう。

・自由自在の意味が少し分かった気がする。 いや、 少し変わった気がする。 自由=自在じゃない。 自由を自在に操れないといけないんだ。 自由が馬で自在が馬乗りだ。 随分と乗りこなすのが難しい暴れん坊であるな。 思えば、 自由に野生はぴったりだ。 牧夫の日々を思い出すわ。